2018.06.24 礼拝予定

主 日 礼 拝  午前 10:30
 
奏楽 
 
招 詞  ローマの信徒への手紙121
*讃 詠   545B
*罪の告白と赦し 交読詩編10015
*讃美歌  24
 
<神の言葉>
聖 書 イザヤ書3322節~24
(旧約P.1114
マルコによる福音書827節~30
                        新約P.77                         

祈 り              森 崎 千 恵                                                                                                                            >                                                                                                                          

*讃美歌 271B [1-4]

   私を何者だというのか」  三 輪 地 塩

                 
                                                       
<神への応答>

*讃美歌 284

*十 戒
 公 告 
*献金感謝      
*主の祈り (座席前そなえつけ)  
*頌 栄  542
*派遣と祝福
後 奏 

2018.06.17~23 今週の集会

           今 週 の 集 会
祈祷題 「木曜祈祷会のため」「家庭集会のため」

大会事務所・神学校校舎検討委員会(浦和)19日(火)10:00~17:00

聖書の学びと祈りの会              21日(木)10:00
    列王記下21章(担当 三輪 地塩)     司会  野田 昭子

○聖書の学びと祈りの会              21日(木)14:00
     詩編14編                    担当  大和 文彦         

2018.06.17 礼拝予定

主日礼拝  午前  10:30
             奏楽 板垣 玲子
      招 詞  ローマの信徒への手紙12章1節
     *讃 詠  545A
     *罪の告白と赦し  交読詩編95編1節~5節
     *讃美歌  23 [1-3]
           
           <神の言葉>
      
      聖 書  詩編33編12節~15節  (旧約  P.864)
           マルコによる福音書8章22節~26節  (新約  P.77)
      祈 り                        三浦 勇二
     *讃美歌  244
      説 教  「何でもはっきりと見えるようになった」
                           三輪 地塩
           <神への応答>
     
     *讃美歌  268
     *使徒信条
      公 告
     *献金感謝
     *主の祈り
     *頌 栄  541
     *派遣と祝福
     *後 奏 
 

2018.06.10~16 今週の集会

今 週 の 集 会
 
祈祷題 「講演会並びに全員協議会のため」(617日)
浦和教職者会           11日()10:00
共同作業所ホサナショップ礼拝(練馬区)13日()10:30
聖書の学びと祈りの会       14日()10:00         
  列王記下20章(担当 三輪地塩)  司会  鈴木 美津子
慰安婦」問題「にゅうす」発送      同 上 後
聖書の学びと祈りの会       14日()14:00
  使徒言行録12章          担当 安 井 国 雄 
中会靖国委員会(横浜海岸教会)  15日()13:00

2018.01.14の説教から

114日礼拝説教から》
         『彼らのかたくなな心を悲しみながら』
          マルコによる福音書31節~6
                                牧師 三輪地塩
 
 蓮見和夫著『マルコによる福音書』には次のような話がある。
「オランダでの出来事。ある日曜日に大きな高潮があり、今にも堤防が決壊しそうな状態であった。オランダの国土の多くは海よりも低いところにあるため、堤防の決壊は、大惨事に繋がってしまう。オランダの警察はキリスト教会に対し、教会の信徒たちを動員し、決壊を防ぐための工事を手伝って欲しいと要請した。だが、この緊急要請に対し、ある保守的で戒律的な教会は、その要請を断ったという。その理由は「安息日の掟を破るわけにはいかないから」だったという。彼らは、「我々が礼拝を守るなら、神は奇跡をもって助けてくださるでしょう」と主張した。しかしその間も、堤防決壊の危機は増していった。そこにある信徒がマルコ3章「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない」との言葉を引き合いに出し、教会員は皆説得されて工事に加わった」
このような話である。おそらく相当に脚色されているか、或いはフィクションかもしれないが、しかし戒律や規則と、実質との事柄を考える大変興味深い話しです。「保守的で戒律的な教派」と言われているのは、おそらくオランダ改革派教会のことであろう。この話は極端な描き方であるが、これに近い事は実際に起こり得る。我々日本キリスト教会にも、教会法(教会の憲法・規則)に固執するがあまり、似た事例がある。又、教会だけでなく行政の画一的なやり方でも似たことが起こる。
日常生活においては、堤防が頻繁に決壊するという事はないが、苦しんでいる人に無関心になる事は起こりがちであろう。「命を救うのと、殺すのと、どちらがよいか」というイエスの言葉は、我々の身の周りでいつもなされるべき問いである。この主イエスの問いかけに、我々がどのように答えるべきかは、一人ひとりに委ねられた課題である。信仰に「マニュアル」はない。その時、その場所で、主が与えられる「問いかけ」に、如何に耳を傾けるのか。そこに掛かっている。