家庭集会クリスマス  松本京子

11月29日(金)午後12時より2時間

大戸集会および武蔵浦和集会合同クリスマス会が

浦和教会で行われました。

前半は三輪先生から “ヨハネによる福音書1章1節~18節”からのメッセージをいただきました。

後半は,志賀姉のご子息様お手製のローストターキー,京樽のお寿司などをいただきながらの祝会

皆さんで讃美歌を歌い、思い出話に興じたり、楽しいひとときを過ごしました。

 

全国青年の集いに参加して 新畑 信

全国青年の集いのために祈り、ご支援いただきました教会員の皆さまに深く御礼申し上げます。私も交通費の援助を受け、参加させていただくことがかないました。ありがとうございます。さっそく下記に全国青年の集いの参加報告をさせていただきます。

私は2日目からの参加で、フィールドワーク神戸Eグループの皆さんと、夙川教会の礼拝から合流しました。Eコースを第一希望にしたのは、フィールドワーク先がアンネのバラ教会であったことと、沖縄抗議ツアーで石束岳士牧師とご一緒したことがあったためです。夙川教会で礼拝をまもり、礼拝後には教会員の皆さんからカレーをご馳走になりました。鈴木攻平牧師ゆかりの教会ということで、教会員に鈴木牧師のご親族がおられ、さらには参加青年にも親族がおり、さながら他人の親戚の集まりにでも来てしまったかのような感覚に陥りました。教会や礼拝の話などいろいろと話題は尽きませんでしたが、「6割くらいの信仰心でも教会生活を送ることができる」、「神様がいると半分くらい信じている」と述べる教会員もおられて大変興味深く、若い信徒への励ましと受け止めました。

フィールドワーク先はアンネのバラ教会でした。急斜面の坂道を登りきったところに、教会はあります。アンネ・フランクが隠れ家としていた場所そっくりにつくられたという教会は、ややこぢんまりとした印象の教会です。アンネのバラ教会の牧師からユダヤ人迫害の歴史、アンネ・フランクのこと、アンネのバラ教会のことを、わかりやすくスライドや映像を通して教えていただきました。目や耳を覆いたくなるような暴力の数々を目の当たりにし参加者はみな絶句していました。もちろん知識として既にあったことですが、五感を働かせて知るということの大切さを改めて覚える機会となりました。アンネのバラ教会をフィールドワーク先に選んだ前段として、今年8月14日に女たちの戦争と平和資料館(WAM)で例年おこなわれている追悼の集いに参加し伺った話が深く印象に残っていたため、ここにしたいと決めた経緯がありました。アンネ・フランクはベルゲン・ベルゼン強制収容所で最期を迎えましたが、その強制収容所に送られる前に留め置かれた場所がオランダにあります。そこから各強制収容所に連行されていった10万2千人にものぼる人の名前を呼び、語る集いを6日間で116時間かけてその地でおこなうと伺いました。そのことから着想を得て、WAMでは追悼の集いを毎年執り行うことにしていると聞いたのです。一人一人の生に思いを馳せ、記憶していくことがいかに重要なことか、このフィールドワークでも学ばせていただきました。教会には小さなバラ園があり、その一角にアンネ・フランクの像が建てられています。なぜ教会の一角に像が建てられているのかたずねてみたところ、彼女の生を覚えておくためだということでした。像の存在を平和の碑(作品名は「平和の少女像」)に重ねました。他の参加者に日本の加害の歴史についてどう思うか聞いてみたかったのですが、そこで学んだことを咀嚼するだけでいっぱいでした。

2日目夜から3日目午前は、グループトークでした。私自身は今回、家族・パートナーのテーマでファシリテーターを担いましたが、あまりその役を果たせなかったと反省しています。なぜなら、あまりにも話があちこち飛んでしまって、まとめきれなかったからです。グループトークでとても良かったのは、それぞれの悩みを打ち明け皆で傾聴することができた点ではなかったかと思います。特に2日目夜に割り当てられたメンバーは、少人数だったためにそれができたのかもしれません。かなり込み入った個人的な話も出て、何か結論が出そうもないことでしたが、とにかくよく聴くように心がけました。3日目のグループトークではメンバー半分以上が入れ替わり、家族・パートナーの話をしました。家族に同じ信仰を持つ親や兄弟姉妹がいるという青年がほとんどで、私にとっては興味深い話ばかりでした。家族でひとりだけキリスト者だからです。家族での信仰継承のあり方、パートナーとの関係、心の拠り所としての家族、教会の家族性、社会制度のこと、いろいろと話題があがりました。一応のまとめとしては、親子の関係を縦軸にとって過去から未来の関係とし、パートナーの関係を横軸にとって現在(いま)の関係とする見取り図をつくって十字架のようにし、中心に「神・愛・礼拝」があるということで報告を終えました。「ともにある」ということを「家族」を通して、上記見取り図から空間的・時間的にもみていきたかったのですが、それをするには力量不足でした。それでも違う時間を生きている者同士が、親密な関係性を形づくっていく不思議さにもっと学びを深めたいと思わされるグループトークでした。また、もう少し参加された方のお話を聞いてみたかったと振り返ります。

主にフィールドワークとグループトークを中心に振り返りました。久しぶりに再会できた人、初めてお目にかかる人、これまであまり話す機会のなかった人たちと、フィールドワークやグループトークを通して交わりを深めることができました。今後もこのような集いが続けられることを願ってやみません。

聖書の学びと祈りの会 聖書研究ー列王記が始まりました 2017.4.20

 2015年11月26日から読み始めたサムエル記 毎週木曜日1章ずつ読
進み 約1年5カ月かけて2017年4月13日上下を読み終えました
 今日から列王記に入りました先生からのメッセージをお聴きしたあ

と、出席者が共に学びを分かち合い語り合い質疑応答の時間があり、

各人の思いが深められています
 次回4月27日は列王記上2章です

聖書の学びと祈りの会 聖書研究ーサムソン物語!!

 1カ月かけて士師記13章~16章を1章ずつやりました。いや~サムソン物語はおもろい。なんなんだこの人は、と思いつつ、読む人の心の中に「あ、自分にも心当たりがあるな」などと自らを投影させてしまう何かがありますね。つまりサムソンは人間っぽいんですね。実に人間臭く、罪人なんですね。そこにわたしたちは共感するんでしょう。
 今回のサムソン物語では、色んな解釈者、神学者、評論家、小説家たちが描くサムソン像(デリラ像)を比較検討してみました。実に大変面白かったです。(^o^)/