2026.4.26 主日礼拝の案内

2026.4.26 主日礼拝の案内

 
わたしは真理について証しをするために生まれ、そのために世に来た。

真理に属する者は皆、わたしの声を聞く。

(ヨハネによる福音書18章37節b)

 
週 報 82巻 17号 2026.4.26

 
主 日 礼 拝

午前 10:30      奏楽 板 垣 玲 子

 
<神の招き>

 
招 詞   詩編100編1節b~2節
1【賛歌。感謝のために。】
全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。
2 喜び祝い、主に仕え
喜び歌って御前に進み出よ。
 
讃 詠  *546  聖なるかな 聖なるかな

 
罪の告白と赦し 詩編51編1節~11節
1【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。 
2ダビデがバト・シェバと通じたので預言者ナタンがダビデのもとに来たとき。】
3 神よ、わたしを憐れんでください
御慈しみをもって。
深い御憐れみをもって
背きの罪をぬぐってください。
4 わたしの咎をことごとく洗い
罪から清めてください。
5 あなたに背いたことをわたしは知っています。
わたしの罪は常にわたしの前に置かれています。
6 あなたに、あなたのみにわたしは罪を犯し
御目に悪事と見られることをしました。
あなたの言われることは正しく
あなたの裁きに誤りはありません。
7 わたしは咎のうちに産み落とされ
母がわたしを身ごもったときも
わたしは罪のうちにあったのです。
8 あなたは秘儀ではなくまことを望み
秘術を排して知恵を悟らせてくださいます。
9 ヒソプの枝でわたしの罪を払ってください
わたしが清くなるように。
わたしを洗ってください
雪よりも白くなるように。
10 喜び祝う声を聞かせてください
あなたによって砕かれたこの骨が喜び躍るように。
11 わたしの罪に御顔を向けず
咎をことごとくぬぐってください。
 
 
讃美歌   *70  父子みたまの

 
 
<神の言葉>

 
聖 書 ダニエル書7章13節~14節 (旧約P.1393)
13 夜の幻をなお見ていると、
見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り
「日の老いたる者」の前に来て、そのもとに進み
14 権威、威光、王権を受けた。
諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え
彼の支配はとこしえに続き
その統治は滅びることがない。
 
 
ヨハネによる福音書18章28節~40節(新約P.205)
28 人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。 
29 そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。 
30 彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。 
31 ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。 
32 それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。
33 そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。 
34 イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」 
35 ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」 
36 イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」
37 そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」 
38 ピラトは言った。「真理とは何か。」
死刑の判決を受ける
ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。 
39 ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」 
40 すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。
 
 
祈 り           安 井 英 子

 
讃美歌  *251  ただ主をあおぎ

 
 
説  教  「真理の主イエス・キリスト」 鈴木 美津子

 
 
<神への応答>

 
讃美歌  *121  まぶねのなかに

 
使徒信条

 
わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。

わたしは、そのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。

主は聖霊によってやどり、処女マリヤから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで

苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府にくだり、三日目に

死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。

そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審かれます。

わたしは、聖霊を信じます。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、

からだの復活、永遠のいのちを信じます。

アーメン。

 
公 告

 
献金感謝

 
主の祈り
天にまします我らの父よ、
 
願わくは御名をあがめさせたまえ
 
御国を来たらせたまえ。
 
御心の天に成る如く、地にもなさせたまえ。
 
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
 
我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。
 
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
 
国と力と栄えとは、限りなく、汝のものなればなり。
 
アーメン
頌 栄  *544  あまつみたみも

 
派遣と祝福

 
後 奏

 
礼拝当番

(今週)國見 照子・野田 昭子・青木 節子

(次週)三浦 勇二・菊地 晴子・五十嵐依恵

 
配信当番

(今週)新畑 信

(次週)小出 勝

2026.4.26 ~2026.5.2の集会案内

2026.4.26 ~2026.5.2の集会案内

      集 会

 
〇日曜学校                 9:15

 
〇コイノニア                礼拝後

 
〇リードオルガンミニコンサート(1階コイノニア) 礼拝後

 
〇日曜学校教師会              礼拝後

 
今 週 の 集 会

 
◎祈祷題 「平和憲法を覚えて」憲法記念日5月3日

「世界の平和のため」

 
〇聖書の学びと祈りの会      4月30日(木)10:00

ゼファニヤ書3章(担当 鈴木美津子)   司会 白 川 典 子

 
【牧師予定】

〇特になし

 
次  週  礼 

 
< 聖 餐  式 >

 
説教「十字架に向かう王」           鈴木 美津子

 
イザヤ書53章3節~5節

ヨハネによる福音書19章1節~16節

 
讃美歌

(21)28、8、296(1,2,6)、305(1,3,4,6)、78、27       三 輪 志 都

 
日曜学校説教「主イエスは復活の初穂となられた」加 藤 純 子

コリントの信徒への手紙一15章20節~28節

2026.4.26 週報掲載のお知らせ

2026.4.26 週報掲載のお知らせ

【ウエストミンスター小信仰問答】

 
問93 新約の礼典は、どれですか。

 
答 新約の礼典は、洗礼1と主の晩餐2です。

1 マタイ28:29    2 マタイ26:26~28

 
◇本日礼拝後、1階においてリードオルガンミニコンサートを

開催いたします。

このリードオルガンは石井茂生さんが寄贈してくださいました。

演奏者は才気堂の渡邊祐治さんです。

 
【牧師就職式のお知らせ】近畿中会

中岡直美大阪西教会牧師就職式

5月6日(水・休)13時30分~ 大阪西教会

 
◇先週のDVD「ボンフェッファー」上映参加者は28名でした。

2026.4.26 週報掲載の説教

2026.4.26 週報掲載の説教

<2026年2月1日の説教から>

真理の霊に導かれて』を

ヨハネによる福音書16章1節〜15節

鈴木美津子

 
16章で、主イエスは十字架を前に、弟子たちにこれから起こる現実を率直に語られる。「これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである(1)」。それは弟子たちを怖がらせるためではなく、苦しみの中でも自分たちがどこに立っているのかを見失わないためであった。

主イエスは、弟子たちが会堂から追放され、信仰ゆえに居場所を失う現実を告げる。しかも迫害は、神に仕えていると思い込む者たちによって起こる。しかし主イエスは、弟子たちがその時「こんなはずではなかった」とつまずかないために、前もって言葉を与えられた。

それでも弟子たちの心を占めていたのは、「世から憎まれる恐れ」以上に、「主イエスが去って行く」という深い悲しみであった。だが主イエスは驚くべきことを語られる。「わたしが去って行くことは、あなたがたのためになる(7)」。それは、主が不在になるということではなく、聖霊――真理の霊が遣わされ、神の臨在がより近いものとなる始まりであった。

真理の霊は、罪・義・裁きについて世を照らす。罪とはキリストを信じないこと、義とは十字架と復活を通して示されたキリストご自身、裁きとはすでに神の側で確定したこの世の支配者の敗北である。弟子たちは世を裁く者とされるのではなく、神の働きが起こる現場に立たされる者とされる。

すべてを一度に理解できなくても、真理の霊は歩みの中で少しずつ導いてくださる。教会もまた、自らの知恵や正しさによってではなく、真理の霊の導きによって支えられている。浦和教会は今、新しい体制のもとで、対立や力ではなく、十字架によって与えられた和解と命に立ち、真の平和を宣べ伝える教会として歩み始める。