2024.10.13 の週報掲載の説教

2024.10.13 の週報掲載の説教

<2024年8月25日説教から>

『誰からの誉れを求めるのですか』
       ヨハネによる福音書541節〜47
牧師 鈴木美津子

 
主イエスは、ユダヤ人たちが父なる神の証しを受け入れない理由を3つ挙げられた。1つ目は、ユダヤ人たちの内に神への愛がないということ。2つ目は、ユダヤ人たちが唯一の神からの誉れを求めようとしないということ。3つ目は、ユダヤ人たちがモーセの書き記したこと、つまり旧約聖書を信じていないということである。この3つは、今の時代の多くの人々が、父なる神の証しを受け入れず、主イエスを信じようとしない理由とも重なる。

そもそも、ヨハネ福音書における「ユダヤ人たち」とは、主イエスを受け入れない世を代表する者たちのことであって、民族としてのユダヤ人を指し示しているのではない。主イエスを信じない世の代表がユダヤ人たちのことである。なぜ、多くの人々が、(今もなお)父なる神の証しを受け入れず、永遠の命を得るために主イエスのもとへと来ないのか。それは彼らの内に神への愛がなく、彼らが唯一の神からの誉れを求めず、聖書を信じていないからである。

ところで、主イエスは、ユダヤ人たちに、「あなたたちは、神への愛がない、あなたたちは唯一の神の誉れを求めようとしない、あなたたちは聖書を信じていない」と言って、彼らの不信仰を断罪されたのではない。そう、断罪されたのではないのだ。それどころか、「わたしはあなたたちを父に訴えない」とまで言われるのだ。ここに、この主イエスの言葉に「命を得るためにわたしのところへ来なさい」という主イエスの熱心な招きがあるのだ。そして、主イエスは、御自分のもとへ来る者たちに、神への愛を与え、唯一の神からの誉れを求める者とし、聖書を信じる者としてくださるのだ。

主イエスは、主の日の礼拝ごとに、私たちを御もとへと招いてくださる。復活された主イエスは、主の日の礼拝を通して、神を愛し、唯一の神からの誉れを求め、聖書を信じて生きよと、私たち一人一人の生活を整え、導いてくださる。

礼拝こそが、神への愛の最高の表現であり、礼拝においてこそ、人は神からの誉れに与ることができる。私たちは、主イエスにおいて、神の子とされて、神を誉めたたえる者そして神からの誉れに与る者とされている。私たちは、これにまさる誉れ、栄光は、この地上にないということを、主日の礼拝毎にはっきりと胸に刻むのである。