2022.6.12 の週報掲載の説教
<2022年5月22日の説教から>
『キリスト者の責任』
ローマの信徒への手紙1章13節~15節
牧 師 鈴木美津子
「あなたには、借金がある」、といきなり言われたら、あなたはどうするだろうか。パウロは、この手紙の中で、自分には「果たすべき責任がある」、と言っている。実は、この「責任」という言葉が、大切で、これはもともと金銭上の負債、つまり借金をあらわす言葉であった。でも、あなたは、「これはパウロ自身の問題で、私には関係ない」と思うかもしれない。しかし、あなたがキリスト者であれば、それは大きな間違いである。あなたにも、借金がある、それも神様に対してあるのだ。
マタイ福音書18章21節以下には、主イエスの語る「仲間を許さない家来のたとえ」の中に「一万タラントンの借金をしている家来」が登場する。一タラントンは六千デナリオン。その当時の労働者の二十万年分の賃金である。つまり、一生かかっても決して返す事の出来ない借金である。ところが、この家来の債権者である王は、この家来を憐れに思って、その借金をすべて免除したのである。猶予ではなく、帳消し、もう返さなくてよい、ということである。そんなこと有り得ないと思うかもしれない。しかし、これこそ神様が主イエス・キリストの十字架によって、私たちに与えて下さった罪の赦しの恵み、救いである。
ところが、パウロはこれには続きがあるという。それが「わたしは、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任」(14)がある、ということだ。全ての罪が赦され、全ての罪が帳消しにされたのと引き換えに、パウロに与えられた負債は「福音宣教」であった。そして、キリスト者である以上、私たちも同じである。私たちも罪を帳消しにされた時、福音宣教が新しい負債として与えられている。福音宣教に仕える、これが私たちの負債である。罪の負債が支払う報いは死であったが、福音宣教という負債によって約束される報いは永遠の命である。
今日、わたしたちが覚えたいことは、わたしたちも「すべての人に果たすべき責任がある」と表現されるほどに、神からの大きな恵みを頂いている者であるということである。私は喜んで、この責任を生涯負って行きたいと思う。皆さんも共にこの責任を負ってくださるだろうか。
2022.6.5 主日礼拝の録画映像
2022.6.5 主日礼拝の録画映像
主 日 礼 拝 午前 10:30スマホおよびPADでも視聴できます!

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************************************2022.6.5 主日礼拝の案内
主 日 礼 拝 午前 10:30
< ペンテコステ合同礼拝・聖餐式 >
奏楽 三 輪 志 都
<神の招き>
招 詞 ヨエル書3章1節
*讃 詠 546
*罪の告白と赦し 交読詩編147編1節~7節
*讃美歌 66
<神の言葉>
聖 書
エゼキエル書37章1節~14節 (旧約P.1357)
使徒言行録2章1節~4節 (新約P.214)
祈 り
*讃美歌 (21)342
説 教 「枯れた骨さえも」鈴木 美津子
<神への応答>
*讃美歌 (21)390
*日本キリスト教会 信仰の告白
聖餐式 (21)81
公 告
*献金感謝
*主の祈り
*頌 栄 540
*派遣と祝福
*後 奏
************************************
今こそ私たちの祈りを結集させ、主により頼みつつこの難局を乗り切りましょう。主の守りと支えとが、これまで同様、今も、永遠に、
2022.6.5 主日礼拝の案内
2022.6.5 主日礼拝の案内
週 報 77 巻 23 号 2022.6.5
「わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは
生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」
(エゼキエル書37章5節)
主 日 礼 拝 午前 10:30
< ペンテコステ合同礼拝・聖餐式 >
奏楽 三 輪 志 都
<神の招き>
招 詞 ヨエル書3章1節
*讃 詠 546
*罪の告白と赦し 交読詩編147編1節~7節
*讃美歌 66
<神の言葉>
聖 書
エゼキエル書37章1節~14節 (旧約P.1357)
使徒言行録2章1節~4節 (新約P.214)
1五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、
2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
4すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
祈 り
*讃美歌 (21)342
説 教 「枯れた骨さえも」鈴木 美津子
<神への応答>
*讃美歌 (21)390
*日本キリスト教会 信仰の告白
聖餐式 (21)81
公 告
*献金感謝
*主の祈り
*頌 栄 540
*派遣と祝福
*後 奏
聖餐補佐
伊木、三浦、増田、森﨑、松谷
礼拝当番
(今週)菊地晴子
(次週)岩本道子
献金当番
(今週)松谷信司 安井英子
(次週)伊木美穂子 鈴木惠子
ライブ配信当番
(今週)小出 勝
(次週)新畑 信
週 報 77 巻 23 号 2022.6.5
「わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは
生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」
(エゼキエル書37章5節)
主 日 礼 拝 午前 10:30
< ペンテコステ合同礼拝・聖餐式 >
奏楽 三 輪 志 都
<神の招き>
招 詞 ヨエル書3章1節
その後
わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。
あなたたちの息子や娘は預言し
老人は夢を見、若者は幻を見る。
*讃 詠 546
*罪の告白と赦し 交読詩編147編1節~7節
*讃美歌 66
<神の言葉>
聖 書
エゼキエル書37章1節~14節 (旧約P.1357)
1主の手がわたしの上に臨んだ。わたしは主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。
2主はわたしに、その周囲を行き巡らせた。見ると、谷の上には非常に多くの骨があり、また見ると、それらは甚だしく枯れていた。
3そのとき、主はわたしに言われた。「人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか。」わたしは答えた。「主なる神よ、あなたのみがご存じです。」
4そこで、主はわたしに言われた。「これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。
5これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。
6わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」
7わたしは命じられたように預言した。わたしが預言していると、音がした。見よ、カタカタと音を立てて、骨と骨とが近づいた。
8わたしが見ていると、見よ、それらの骨の上に筋と肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆った。しかし、その中に霊はなかった。
9主はわたしに言われた。「霊に預言せよ。人の子よ、預言して霊に言いなさい。主なる神はこう言われる。霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る。」
10わたしは命じられたように預言した。すると、霊が彼らの中に入り、彼らは生き返って自分の足で立った。彼らは非常に大きな集団となった。
11主はわたしに言われた。「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。彼らは言っている。『我々の骨は枯れた。我々の望みはうせ、我々は滅びる』と。
12それゆえ、預言して彼らに語りなさい。主なる神はこう言われる。わたしはお前たちの墓を開く。わが民よ、わたしはお前たちを墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く。
13わたしが墓を開いて、お前たちを墓から引き上げるとき、わが民よ、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。
14また、わたしがお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる。わたしはお前たちを自分の土地に住まわせる。そのとき、お前たちは主であるわたしがこれを語り、行ったことを知るようになる」と主は言われる。
使徒言行録2章1節~4節 (新約P.214)
1五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、
2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
4すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
祈 り
*讃美歌 (21)342
説 教 「枯れた骨さえも」鈴木 美津子
<神への応答>
*讃美歌 (21)390
*日本キリスト教会 信仰の告白
聖餐式 (21)81
公 告
*献金感謝
*主の祈り
*頌 栄 540
*派遣と祝福
*後 奏
聖餐補佐
伊木、三浦、増田、森﨑、松谷
礼拝当番
(今週)菊地晴子
(次週)岩本道子
献金当番
(今週)松谷信司 安井英子
(次週)伊木美穂子 鈴木惠子
ライブ配信当番
(今週)小出 勝
(次週)新畑 信
2022.6.6~2022.6.12の集会案内
2022.6.6~2022.6.12の集会案内
本 日 の 集 会
〇日曜学校 合同礼拝
〇朝カフェ 休 会
〇入門の会 休 会
〇クワイア練習 中 止
〇コイノニア 中 止
〇 礼拝堂・1階の消毒(有志) 礼 拝 後
〇 6月定期小会 礼 拝 後
今 週 の 集 会
◎祈祷題「礼拝に参加できない者の信仰が守られるように」
〇聖書の学びと祈りの会 6月9日(木)10:00
ヨブ記10章(担当 鈴木 美津子) 司会 白 川 典 子
※対面とラインの両方で行います。
次 週 礼 拝
説教 「神の怒り」 鈴 木 美津子
詩編19編2節~7節
ローマの信徒への手紙1章18節~23節
讃美歌
545A、67、492、90、541 岩 本 道 子
日曜学校説教「サウロの回心」 鈴 木 美津子
使徒言行録9章1節~9節
本 日 の 集 会
〇日曜学校 合同礼拝
〇朝カフェ 休 会
〇入門の会 休 会
〇クワイア練習 中 止
〇コイノニア 中 止
〇 礼拝堂・1階の消毒(有志) 礼 拝 後
〇 6月定期小会 礼 拝 後
今 週 の 集 会
◎祈祷題「礼拝に参加できない者の信仰が守られるように」
〇聖書の学びと祈りの会 6月9日(木)10:00
ヨブ記10章(担当 鈴木 美津子) 司会 白 川 典 子
※対面とラインの両方で行います。
次 週 礼 拝
説教 「神の怒り」 鈴 木 美津子
詩編19編2節~7節
ローマの信徒への手紙1章18節~23節
讃美歌
545A、67、492、90、541 岩 本 道 子
日曜学校説教「サウロの回心」 鈴 木 美津子
使徒言行録9章1節~9節
2022.6.5 週報 教会からのお知らせ
2022.6.5 週報 教会からのお知らせ
◇チャドクガの発生する季節になりました。有志の方が5月25日に牧師館垣根(山茶花)の根を予防のため、消毒してくださいました。
【「大会共助金庫・タビタの会共同機関紙」について】
「共同機関紙」第10号を週報ボックスに配布いたしました。
大会共助金庫・タビタの会は、引退教職の先生や引退教職のご遺族のための年金や生活の補助、病気・怪我の見舞い金など大事な働きを担っております。どうぞお読みくださり、引退教職の先生
と引退教職のご遺族を覚え、お祈りください。
また、献金も宜しくお願いします。
◇チャドクガの発生する季節になりました。有志の方が5月25日に牧師館垣根(山茶花)の根を予防のため、消毒してくださいました。
【「大会共助金庫・タビタの会共同機関紙」について】
「共同機関紙」第10号を週報ボックスに配布いたしました。
大会共助金庫・タビタの会は、引退教職の先生や引退教職のご遺族のための年金や生活の補助、病気・怪我の見舞い金など大事な働きを担っております。どうぞお読みくださり、引退教職の先生
と引退教職のご遺族を覚え、お祈りください。
また、献金も宜しくお願いします。
2022.6.5 の週報掲載の説教
2022.6.5 の週報掲載の説教
<2022年5月15日の説教から>
『信仰によって互いに励まし合う』
ローマの信徒への手紙1章8-15節
牧 師 鈴木美津子
「励まし合いたい」という言葉は、「励ましを受けたい」とも訳すことができる。パウロは、「信仰によって、ローマの信徒たちと共に神から励ましを受けたい」、と願っている。要するに、パウロとローマの信徒たちを励ますのは、人ではなく、神であり、主イエスなのである。私たちは励まし合うとき、互いの中に、生きて働いておられる神の御業を目の当たりにして、共に神から励まされる。「励ます」という言葉は、「慰める」とも「力づける」とも訳される。私たちは主日の礼拝に集うことで、互いに与えられている信仰によって、共に励まされ、慰められ、力づけられるのである。
神は、一人一人に「賜物」を与えてくださっている。あなたの「賜物」で、誰かが助けられ、慰められ、励まされ、力を受ける。賜物は、自分のためではなく、ほかの人のために与えられているからである。信仰を持っている者が集まるとき、互いに神から与えられた賜物で励ましを受け合う。これがパウロのいう「霊の賜物」である。彼には、福音を宣べ伝え、福音を説き明かす賜物が与えられている。彼は、福音を豊かに説き明かす賜物で、ローマの信徒たちの力になりたいと記している。しかし、実際には、その奉仕を通して、パウロも豊かに励まされることができるし、また何よりもその励ましを彼自身が受ける必要があると知っていたからである。そうすることで、共に神からの励ましの恵みを受けることができるからである。
その恵みは、今の私たちにも与えられている。神は、その恵みを与えてくださるために、この浦和教会での交わりを私たちに与えてくださっている。コロナ感染拡大によって、いっとき分断されたが、再開後私たちは、その恵みの偉大さを思い知らされたのではないか。私たちは、この与えられた恵みにもっと感謝すべきである。そうすれば、私たちは、神からの慰めと励しと力を受けて、この教会から、周りへ、更にもっと外の世界へとその交わりを広げることができる。そうして、私たちの周りに神の恵みが満ち溢れ続けるのである。
<2022年5月15日の説教から>
『信仰によって互いに励まし合う』
ローマの信徒への手紙1章8-15節
牧 師 鈴木美津子
「励まし合いたい」という言葉は、「励ましを受けたい」とも訳すことができる。パウロは、「信仰によって、ローマの信徒たちと共に神から励ましを受けたい」、と願っている。要するに、パウロとローマの信徒たちを励ますのは、人ではなく、神であり、主イエスなのである。私たちは励まし合うとき、互いの中に、生きて働いておられる神の御業を目の当たりにして、共に神から励まされる。「励ます」という言葉は、「慰める」とも「力づける」とも訳される。私たちは主日の礼拝に集うことで、互いに与えられている信仰によって、共に励まされ、慰められ、力づけられるのである。
神は、一人一人に「賜物」を与えてくださっている。あなたの「賜物」で、誰かが助けられ、慰められ、励まされ、力を受ける。賜物は、自分のためではなく、ほかの人のために与えられているからである。信仰を持っている者が集まるとき、互いに神から与えられた賜物で励ましを受け合う。これがパウロのいう「霊の賜物」である。彼には、福音を宣べ伝え、福音を説き明かす賜物が与えられている。彼は、福音を豊かに説き明かす賜物で、ローマの信徒たちの力になりたいと記している。しかし、実際には、その奉仕を通して、パウロも豊かに励まされることができるし、また何よりもその励ましを彼自身が受ける必要があると知っていたからである。そうすることで、共に神からの励ましの恵みを受けることができるからである。
その恵みは、今の私たちにも与えられている。神は、その恵みを与えてくださるために、この浦和教会での交わりを私たちに与えてくださっている。コロナ感染拡大によって、いっとき分断されたが、再開後私たちは、その恵みの偉大さを思い知らされたのではないか。私たちは、この与えられた恵みにもっと感謝すべきである。そうすれば、私たちは、神からの慰めと励しと力を受けて、この教会から、周りへ、更にもっと外の世界へとその交わりを広げることができる。そうして、私たちの周りに神の恵みが満ち溢れ続けるのである。
