イースターのご案内

   
                      
 
     イースターのご案内
 
      41日(日)1030 イースター合同礼拝
    
 説教:「イースターは、キリストの復活祭のことです」
            
                                           牧師  三輪地塩                                                    
   
  *礼拝後、墓前礼拝に出発するまでのひと時、
   祝会を行います。
   (墓前礼拝に出席しない方もどうぞ)

2018.03.11  牧師・神学生近況報告

  
  
  
        ≪牧師 神学生 近況報告≫

  *三輪地塩牧師は、216日博士論文口頭試問に合格しました
        [※博士学位授与式(3/24)]

 *神学生鈴木美津子は修士論文口頭試問に合格しました。  
        [※修士学位授与式(3/9)]

2018.03.11~17今週の集会

 
 
今 週 の 集 会

 

祈祷題
「第67回定期中会のため(浦和教会で開催)
                 320()21()

聖書の学びと祈りの会  15日()10:00         

 列王記下8章 (担当 三輪地塩) 
               司会 鈴木 美津子               

聖書の学びと祈りの会  15日()14:00

  詩編90       担当  大 和 文 彦

2018.3.11礼拝予定

  
     主 日 礼 拝  午前 10:30

 

            <こどもとおとなの合同礼拝・レントⅣ>

 

           奏楽 

 

招 詞   ゼカリヤ書99

*讃 詠   (21)83

*罪の告白と赦し 交読詩編7113

*讃美歌  (21)12[1-3]

 

<神の言葉>

 

聖 書   レビ記111節~8節 旧約P.177                

マルコによる福音書51節~20

新約P.69

祈 り              安 井 国 雄                                                                                                                                                                                                                                                          

*讃美歌  (21)303

 教 「ブタさんが崖から落ちるなんてかわいそう     三 輪 地 塩

                                                       

<神への応答>

 

*讃美歌 (21)402

*使徒信条

 公 告 

*献金感謝         

*主の祈り (座席前そなえつけ)  

*頌 栄  (21)46

*派遣と祝福

後 奏 
 

2017.09.24の説教から

           <924日の説教から>
                   『イエスの洗礼』
            マルコによる福音書19節~11
                                     牧師 三輪地塩
 
 イエスが洗礼を受けた時「天が裂けて」と書かれている、この言葉に注目したい。原文では「裂ける」という言葉が受動態で使われているため、神が自らの手で天を裂いた事になる。つまり、イエスの洗礼とは、神自らがこの世に介入された事を示している。
当時のユダヤ地方は「イスラエル国ではなく、ローマ帝国属州ユダヤ自治区という小さな存在であった。旧約時代に活躍した預言者は現われず、神とユダヤの人たちとの関わりが希薄であった時を歩んでいた。いわば「神の言葉の欠如」「聖霊の働きの欠如」であり、当時のユダヤ人たちは、神との関わりがない空虚な時を過ごしていたと言える。だが今や、イエス・キリストを通して、神ご自身が自らの意思を現わされる時が来た。神自らの「御手」により「天が裂けて」、この世への介入がなされたのである。
この時「聖霊が鳩のようにイエスに下った」と聖書は証言する。「聖霊が何々のよう」にという表現は、聖書の中に数多く出てくる。使徒言行録2章では「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」と、ペンテコステの出来事を表現する。
 
 ここでは聖霊を「鳩のように」と、目に見えない「聖霊」という存在を「鳩」と表現している。何故「鳩」なのか。それは旧約聖書の中で、鳩が「正直さ」や「柔和さ」を表しているからであろう。神の介入、つまり「天が裂け」「聖霊が下る」ことが、「正直で柔和な」「肉となった神」つまり「キリスト」が介入された、という意味であろう。

神は我々に対し、剣と槍をもって、武力をもって、力をもって介入されたのではなく、慈しみと憐れみとをもって介入された。「鳩」とは、その象徴である。「武器を捨てた愛」は十字架の上で明らかとなる。この時はまだ明かされていないが、神の一人子、神の使者、人間の全ての罪を贖うイエス・キリストという方が、十字架の上で死にゆくことこそ、「神による世への介入」である。その十字架は、「柔和」であり「謙遜」であり「卑賤」であった。

聖書の学びと祈りの会




<聖書の学びと祈りの会(祈祷会)への
                         おさそい>
 
 毎週木曜日10時から「午前の祈祷会」、14時から「午後の祈祷会」を行なっています。
 2010年頃には出席者30名を超えていましたが、最近では1020名になりました。
 信仰生活は主日礼拝を基礎としますが、祈祷会も重要な学びの時です。新しい方々や、久し振りの方々の出席を歓迎いたします。

①午前の祈祷会は「婦人会」ではありません。
(性別・年齢を問わず、全ての方が対象です)

②聖書を立体的に読むことを目的としています。
③人前での祈祷が不得意な方は「パス」OKです。

④奨励以上に「質疑応答」で盛り上がっています。 
 
       ❀ お待ちしております。❀