2023.2.5 の週報掲載の説教
<2022年1月15日の説教から>
『主イエスに結ばれて神に対して生きる』
ローマの信徒への手紙6章1節~11節
牧 師 鈴木美津子
「このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、
キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考え
なさい(11)」。
「考えなさい」には、「よく考え、よく思い巡らす」また「心に留める」という意味がある。では、何をよく考え、思い巡らすのか。「自分は本当の意味で何者であって何のために生きているのか」ということである。「主イエス・キリストを信じて完全に新しく生まれ変わったことの意味を深く覚えつつ自分のことを考える」ということである。
約二千年前に、キリストは十字架上で死に、そしてよみがえられた。そのとき、私たちはキリストと共に死んで、キリストと共によみがえった。「死んだ」というのは、罪に対して死んだのである。キリストとともによみがえったのは、神に対して生きるためである。そのことを厳然たる事実として認め、その事実を認識して、それに相応しい生活をするようにと、パウロは私たちに勧める。自分は何者なのかということを、本当の意味で正しく認識して、それを覚えて歩むのである。何か表面的に相応しく振る舞うということではなく、本当に心の一番深いところが根本的に変わったので、その新しいいのちに相応しく生きる、ということである。
「キリストの恵みによって、私の罪が赦されて、贖われて、私は罪に対して死んで、神に対して生きた者となった。それで、私はキリストにあって神の子どもとなり、キリストにあって神から愛され、永遠の契約の祝福を受け、キリストにあって、私は新しい歩みができる者となった。もはや罪の奴隷ではなくなった。私は神の御国を求めて、神の御国のために実を結ぶことができる者となった。私は、神に対して生きた者となった。私は心が根底から変えられた。私は神を愛する者となった」と、真に認識して把握するとき、深くそのことについて思いめぐらすとき、それは自分の生活に対して決定的な影響を与え、「主イエスに結ばれて神に対して生きる者」と、されていくのである。
なぜなら、心の中で思うこと、心の中で考えること、自分について思うこと、それらがその人の生活において実行されるからである。
2023.1.29 主日礼拝の録画映像
2023.1.29 主日礼拝の録画映像
主 日 礼 拝 2023.1.22 午前 10:30スマホおよびPADでも視聴できます!

URL; https://youtu.be/8p7bDcWQOqQ
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スマホおよびPADでも視聴できます!
************************************2023.1.29 主日礼拝の案内
週 報78巻5号 2023.1.29
罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。 (ローマの信徒への手紙6章23節)
主 日 礼 拝 午前 10:30
奏楽 三 輪 志 都
<神の招き>
招 詞 イザヤ書42章1節a
1 見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。
わたしが選び、喜び迎える者を。
彼の上にわたしの霊は置かれ
彼は国々の裁きを導き出す。
*讃 詠 546*罪の告白と赦し 交読詩編143編7節~12節
7 主よ、早く答えてください
わたしの霊は絶え入りそうです。
御顔をわたしに隠さないでください。
わたしはさながら墓穴に下る者です。
8 朝にはどうか、聞かせてください
あなたの慈しみについて。
あなたにわたしは依り頼みます。
行くべき道を教えてください
あなたに、わたしの魂は憧れているのです。
9 主よ、敵からわたしを助け出してください。
御もとにわたしは隠れます。
10 御旨を行うすべを教えてください。
あなたはわたしの神。
恵み深いあなたの霊によって
安らかな地に導いてください。
11 主よ、御名のゆえに、わたしに命を得させ
恵みの御業によって
わたしの魂を災いから引き出してください。
12 あなたの慈しみのゆえに、敵を絶やしてください。
わたしの魂を苦しめる者を
ことごとく滅ぼしてください。
わたしはあなたの僕なのですから。
*讃美歌 19(1-2)
<神の言葉>
聖 書
レビ記19章1節~18節 (旧約P.191)
1 主はモーセに仰せになった。
2 イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。
あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。
3 父と母とを敬いなさい。わたしの安息日を守りなさい。わたしはあなたたちの神、主である。
4 偶像を仰いではならない。神々の偶像を鋳造してはならない。わたしはあなたたちの神、主である。
5 和解の献げ物を主にささげるときは、それが受け入れられるようにささげなさい。
6 献げ物の肉は、ささげた当日とその翌日に食べねばならない。三日目まで残ったものは焼き捨てよ。
7 もし、三日目にわずかでも食べるなら、それは不浄なことであって、受け入れられることではない。
8 それを食べた者は責めを負う。主にささげられた聖なるものを汚したからである。その人は民の中から断たれる。
9 穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。
10 ぶどうも、摘み尽くしてはならない。ぶどう畑の落ちた実を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。わたしはあなたたちの神、主である。
11 あなたたちは盗んではならない。うそをついてはならない。互いに欺いてはならない。
12 わたしの名を用いて偽り誓ってはならない。それによってあなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。
13 あなたは隣人を虐げてはならない。奪い取ってはならない。雇い人の労賃の支払いを翌朝まで延ばしてはならない。
14 耳の聞こえぬ者を悪く言ったり、目の見えぬ者の前に障害物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。
15 あなたたちは不正な裁判をしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない。同胞を正しく裁きなさい。
16 民の間で中傷をしたり、隣人の生命にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。
17 心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。
18 復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。
ローマの信徒への手紙6章15節~23節(新約P.281)
15 では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。
16 知らないのですか。あなたがたは、だれかに奴隷として従えば、その従っている人の奴隷となる。つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従順に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。
17 しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり、
18 罪から解放され、義に仕えるようになりました。
19 あなたがたの肉の弱さを考慮して、分かりやすく説明しているのです。かつて自分の五体を汚れと不法の奴隷として、不法の中に生きていたように、今これを義の奴隷として献げて、聖なる生活を送りなさい。
20 あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。
21 では、そのころ、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは、死にほかならない。
22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。
祈 り 安 井 国 雄
*讃美歌 276(1、4)
説 教 「義の奴隷」 鈴木 美津子
<神への応答>
*讃美歌 338(1-2)
*使徒信条
わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。
わたしは、そのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、処女マリヤから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで
苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府にくだり、三日目に
死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。
そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審かれます。
わたしは、聖霊を信じます。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、
からだの復活、永遠のいのちを信じます。 アーメン。
公 告
*献金感謝
*主の祈り(座席前そなえつけ)
天にまします我らの父よ、
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
御心の天に成る如く、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
国と力と栄えとは、限りなく、汝のものなればなり。
アーメン
*頌 栄 541
*派遣と祝福
*後 奏
☆讃美歌の歌う節は( )内に示した節です。
*******************************************************
今こそ私たちの祈りを結集させ、
主により頼みつつこの難局を乗り切りましょう。
主の守りと支えとが、これまで同様、今も、永遠に *******************************************************
2023.1.29 主日礼拝の案内
2023.1.29 主日礼拝の案内
週 報78巻5号 2023.1.29
罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。 (ローマの信徒への手紙6章23節)
主 日 礼 拝 午前 10:30
奏楽 三 輪 志 都
<神の招き>
招 詞 イザヤ書42章1節a
*罪の告白と赦し 交読詩編143編7節~12節
*讃美歌 19(1-2)
<神の言葉>
聖 書
レビ記19章1節~18節 (旧約P.191)
ローマの信徒への手紙6章15節~23節(新約P.281)
15 では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。
16 知らないのですか。あなたがたは、だれかに奴隷として従えば、その従っている人の奴隷となる。つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従順に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。
17 しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり、
18 罪から解放され、義に仕えるようになりました。
19 あなたがたの肉の弱さを考慮して、分かりやすく説明しているのです。かつて自分の五体を汚れと不法の奴隷として、不法の中に生きていたように、今これを義の奴隷として献げて、聖なる生活を送りなさい。
20 あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。
21 では、そのころ、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは、死にほかならない。
22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。
祈 り 安 井 国 雄
*讃美歌 276(1、4)
説 教 「義の奴隷」 鈴木 美津子
<神への応答>
*讃美歌 338(1-2)
*使徒信条
わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。
わたしは、そのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、処女マリヤから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで
苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府にくだり、三日目に
死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。
そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審かれます。
わたしは、聖霊を信じます。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、
からだの復活、永遠のいのちを信じます。 アーメン。
公 告
*献金感謝
*主の祈り(座席前そなえつけ)
*頌 栄 541
*派遣と祝福
*後 奏
礼拝当番
(今週)三浦 勇二
(次週)伊木 美穂子
献金当番
(今週)野田 昭子 草野 恵
(次週)三浦 勇二 鈴木 惠子
ライブ配信当番
(今週)小出 勝
(次週)小出 勝
週 報78巻5号 2023.1.29
罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。 (ローマの信徒への手紙6章23節)
主 日 礼 拝 午前 10:30
奏楽 三 輪 志 都
<神の招き>
招 詞 イザヤ書42章1節a
1 見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。
わたしが選び、喜び迎える者を。
彼の上にわたしの霊は置かれ
彼は国々の裁きを導き出す。
*讃 詠 546*罪の告白と赦し 交読詩編143編7節~12節
7 主よ、早く答えてください
わたしの霊は絶え入りそうです。
御顔をわたしに隠さないでください。
わたしはさながら墓穴に下る者です。
8 朝にはどうか、聞かせてください
あなたの慈しみについて。
あなたにわたしは依り頼みます。
行くべき道を教えてください
あなたに、わたしの魂は憧れているのです。
9 主よ、敵からわたしを助け出してください。
御もとにわたしは隠れます。
10 御旨を行うすべを教えてください。
あなたはわたしの神。
恵み深いあなたの霊によって
安らかな地に導いてください。
11 主よ、御名のゆえに、わたしに命を得させ
恵みの御業によって
わたしの魂を災いから引き出してください。
12 あなたの慈しみのゆえに、敵を絶やしてください。
わたしの魂を苦しめる者を
ことごとく滅ぼしてください。
わたしはあなたの僕なのですから。
*讃美歌 19(1-2)
<神の言葉>
聖 書
レビ記19章1節~18節 (旧約P.191)
1 主はモーセに仰せになった。
2 イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。
あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。
3 父と母とを敬いなさい。わたしの安息日を守りなさい。わたしはあなたたちの神、主である。
4 偶像を仰いではならない。神々の偶像を鋳造してはならない。わたしはあなたたちの神、主である。
5 和解の献げ物を主にささげるときは、それが受け入れられるようにささげなさい。
6 献げ物の肉は、ささげた当日とその翌日に食べねばならない。三日目まで残ったものは焼き捨てよ。
7 もし、三日目にわずかでも食べるなら、それは不浄なことであって、受け入れられることではない。
8 それを食べた者は責めを負う。主にささげられた聖なるものを汚したからである。その人は民の中から断たれる。
9 穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。
10 ぶどうも、摘み尽くしてはならない。ぶどう畑の落ちた実を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。わたしはあなたたちの神、主である。
11 あなたたちは盗んではならない。うそをついてはならない。互いに欺いてはならない。
12 わたしの名を用いて偽り誓ってはならない。それによってあなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。
13 あなたは隣人を虐げてはならない。奪い取ってはならない。雇い人の労賃の支払いを翌朝まで延ばしてはならない。
14 耳の聞こえぬ者を悪く言ったり、目の見えぬ者の前に障害物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。
15 あなたたちは不正な裁判をしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない。同胞を正しく裁きなさい。
16 民の間で中傷をしたり、隣人の生命にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。
17 心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。
18 復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。
ローマの信徒への手紙6章15節~23節(新約P.281)
15 では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。
16 知らないのですか。あなたがたは、だれかに奴隷として従えば、その従っている人の奴隷となる。つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従順に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。
17 しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり、
18 罪から解放され、義に仕えるようになりました。
19 あなたがたの肉の弱さを考慮して、分かりやすく説明しているのです。かつて自分の五体を汚れと不法の奴隷として、不法の中に生きていたように、今これを義の奴隷として献げて、聖なる生活を送りなさい。
20 あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。
21 では、そのころ、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは、死にほかならない。
22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。
祈 り 安 井 国 雄
*讃美歌 276(1、4)
説 教 「義の奴隷」 鈴木 美津子
<神への応答>
*讃美歌 338(1-2)
*使徒信条
わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。
わたしは、そのひとり子、わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、処女マリヤから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで
苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、陰府にくだり、三日目に
死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。
そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審かれます。
わたしは、聖霊を信じます。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、
からだの復活、永遠のいのちを信じます。 アーメン。
公 告
*献金感謝
*主の祈り(座席前そなえつけ)
天にまします我らの父よ、
願わくは御名をあがめさせたまえ。
御国を来たらせたまえ。
御心の天に成る如く、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
国と力と栄えとは、限りなく、汝のものなればなり。
アーメン
*頌 栄 541
*派遣と祝福
*後 奏
礼拝当番
(今週)三浦 勇二
(次週)伊木 美穂子
献金当番
(今週)野田 昭子 草野 恵
(次週)三浦 勇二 鈴木 惠子
ライブ配信当番
(今週)小出 勝
(次週)小出 勝
2023.1.29~2023.2.4 の集会案内
2023.1.29~2023.2.4 の集会案内
本 日 の 集 会
〇日曜学校 9:00
〇朝カフェ 休 会
〇クワイア練習 中 止
〇礼拝堂・1階の清掃(有志) 礼 拝 後
〇定期総会(1階会堂) 12:00
〇臨時小会 総 会 後
今 週 の 集 会
◎祈祷題「教会の新しい歩みのため」
〇聖書の学びと祈りの会 2月2日(木)10:00
ヨブ記35章(担当 鈴木 美津子) 司会 野 田 昭 子
次 週 礼 拝
説教 「律法に対して死に、神に対して生きる」 鈴木 美津子
申命記11章13節〜21節
ローマの信徒への手紙7章1節~6節
讃美歌
545A 、20(1-2)、352 (1,3)、339 (1-2)、Ⅱ179、542 岩 本 道 子
日曜学校説教 「盲人のいやし」 岩 本 道 子
ヨハネによる福音書9章1節~12節
本 日 の 集 会
〇日曜学校 9:00
〇朝カフェ 休 会
〇クワイア練習 中 止
〇礼拝堂・1階の清掃(有志) 礼 拝 後
〇定期総会(1階会堂) 12:00
〇臨時小会 総 会 後
今 週 の 集 会
◎祈祷題「教会の新しい歩みのため」
〇聖書の学びと祈りの会 2月2日(木)10:00
ヨブ記35章(担当 鈴木 美津子) 司会 野 田 昭 子
次 週 礼 拝
説教 「律法に対して死に、神に対して生きる」 鈴木 美津子
申命記11章13節〜21節
ローマの信徒への手紙7章1節~6節
讃美歌
545A 、20(1-2)、352 (1,3)、339 (1-2)、Ⅱ179、542 岩 本 道 子
日曜学校説教 「盲人のいやし」 岩 本 道 子
ヨハネによる福音書9章1節~12節
2023.1.29 週報 教会からのお知らせ
2023.1.29 週報 教会からのお知らせ
◇本日は第5週ですので、礼拝は1階会堂のみで行います。
◇2023年の長老・執事候補者(敬称略 50音順)
長老:伊木美穂子、三浦勇二、森﨑千恵 以上3名
執事:岩本道子、菊地晴子、小出勝、新畑信、薄田東正、
野田昭子、済陽高志 以上7名
◇本日12:00から1時間半の予定で総会を開きます。
必要な方は開会時間までに、昼食をお済ませください。
【松田真二先生最終講義のご案内】
テーマ:「ハイデルベルク教理問答におけるキリストとの結合の教理
―その始原と土台」
日時:2023年2月2日(木)13:30~16:20
場所:日本キリスト教会神学校チャペル
*12時から食事をご希望の方は1月26日(木)までに事務所の平野
さんまでお申込みください。(昼食代600円)TEL: 049-233-5542
*オンライン視聴ご希望の方は連絡用メール・アドレスを以下のアドレスにお送りください。E-mail: nk-daikai@io.ocn.ne.jp
◇本日は第5週ですので、礼拝は1階会堂のみで行います。
◇2023年の長老・執事候補者(敬称略 50音順)
長老:伊木美穂子、三浦勇二、森﨑千恵 以上3名
執事:岩本道子、菊地晴子、小出勝、新畑信、薄田東正、
野田昭子、済陽高志 以上7名
◇本日12:00から1時間半の予定で総会を開きます。
必要な方は開会時間までに、昼食をお済ませください。
【松田真二先生最終講義のご案内】
テーマ:「ハイデルベルク教理問答におけるキリストとの結合の教理
―その始原と土台」
日時:2023年2月2日(木)13:30~16:20
場所:日本キリスト教会神学校チャペル
*12時から食事をご希望の方は1月26日(木)までに事務所の平野
さんまでお申込みください。(昼食代600円)TEL: 049-233-5542
*オンライン視聴ご希望の方は連絡用メール・アドレスを以下のアドレスにお送りください。E-mail: nk-daikai@io.ocn.ne.jp
2023.1.29 の週報掲載の説教
2023.1.29 の週報掲載の説教
<2022年1月8日の説教から>
『洗礼の恵み』
ローマの信徒への手紙6章1節~11節
牧 師 鈴木美津子
「罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれる」とは、イエス・キリストの救いの結果であり、恵みを増すための法則ではない。決して、罪の大きさが大きな恵みを引き出すのではない。受けた救いの恵みの大きさによって、どれほど大きな罪が赦されたかを知ることである。
パウロは「恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか(1)」という誤った理解に対して、「決してそうではない(2a)」と強く否定する。さらに「罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるのか(2b)」と、「「罪に対して死ぬ」とは、罪の支配から解放されることであり、キリスト者は、生来の自分を支配していた罪に死んだ者であり、罪から解放されて新しく生かされている者だと、語る。パウロは、このことを説明するために、「洗礼」を引き合いに出す。すでに洗礼を受けてキリスト者となっている者は、キリストと共に葬られ、その死にあずかっている。罪はキリストと共に死んだ者をもはやその支配のもとに置くことはできない。
しかし、死んで葬られて終わりではない。十字架につけられて死んだキリストは三日目に復活された。洗礼は、浸すというギリシア語に発している言葉であり、洗礼によって、キリストの十字架の死に浸された者は、キリストの復活にも浸される。キリストが復活の朝、葬られていた墓から父なる神によって復活させられたように、私たちも新しい命に生きる者とされるのである。その恵みが洗礼においてキリスト者に与えられる。つまり、キリストの十字架の死と復活が私たちの事柄となり、私たち自身にそれが起るということであり、洗礼を受けるとはそういうことなのである。
私たちがどれほどに罪深く、弱く、欠け多い者であったとしても、この洗礼を通じて、私たちは神のもの、「神の子」とされ、新しい命、新たな使命に復活のイエス・キリストと共に歩む者とされるのである。
<2022年1月8日の説教から>
『洗礼の恵み』
ローマの信徒への手紙6章1節~11節
牧 師 鈴木美津子
「罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれる」とは、イエス・キリストの救いの結果であり、恵みを増すための法則ではない。決して、罪の大きさが大きな恵みを引き出すのではない。受けた救いの恵みの大きさによって、どれほど大きな罪が赦されたかを知ることである。
パウロは「恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか(1)」という誤った理解に対して、「決してそうではない(2a)」と強く否定する。さらに「罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるのか(2b)」と、「「罪に対して死ぬ」とは、罪の支配から解放されることであり、キリスト者は、生来の自分を支配していた罪に死んだ者であり、罪から解放されて新しく生かされている者だと、語る。パウロは、このことを説明するために、「洗礼」を引き合いに出す。すでに洗礼を受けてキリスト者となっている者は、キリストと共に葬られ、その死にあずかっている。罪はキリストと共に死んだ者をもはやその支配のもとに置くことはできない。
しかし、死んで葬られて終わりではない。十字架につけられて死んだキリストは三日目に復活された。洗礼は、浸すというギリシア語に発している言葉であり、洗礼によって、キリストの十字架の死に浸された者は、キリストの復活にも浸される。キリストが復活の朝、葬られていた墓から父なる神によって復活させられたように、私たちも新しい命に生きる者とされるのである。その恵みが洗礼においてキリスト者に与えられる。つまり、キリストの十字架の死と復活が私たちの事柄となり、私たち自身にそれが起るということであり、洗礼を受けるとはそういうことなのである。
私たちがどれほどに罪深く、弱く、欠け多い者であったとしても、この洗礼を通じて、私たちは神のもの、「神の子」とされ、新しい命、新たな使命に復活のイエス・キリストと共に歩む者とされるのである。
