2021.5.30 の週報掲載の説教

<2020年1月19日の説教録音から>

『神の御心に適う方』
      ルカによる福音書3章21節~22節

牧師 三輪地塩

イエスが洗礼を受けたとき「天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降ってきた」と象徴的な表し方をしている。鳩は聖書に頻出の鳥。特にノアの箱舟に出てくる鳩を思い出す。洪水の後、地面の乾きを確かめるためカラスを放ったが、どこにも止まる木が無かったためそのまま帰って来た。数日が経ち、今度は鳩を放った。この鳩が口にオリーブの葉をくわえてきたのを見て水が引き始めたのを知った。再度鳩を放つと帰って来なかったため、水が引いたと判断し、舟から出た(創世記8章)。ここで鳩は「良い知らせを運ぶ動物」として現われる。ノアの経験は、大洪水であり、生物の滅びを意味する恐ろしい出来事だった。それまで豊かで祝福された大地が消え去った。大地は不毛の場所、混沌の場所と化したのだ。だが、洪水後の「鳩の知らせ」は、神の祝福の到来を示すものとなった。不毛の場所が命の場所に再生されたという象徴的な場面である。ここに鳩が重要な役割を担っている。

当該箇所で、「天が開かれた」というイメージは、「閉じられていた天」が「洗礼と同時に開かれ、祝福に変わった」ことを示している。「聖霊」を「鳩」になぞらえ、不毛の場所に「命が吹き込まれたことを告げ知らせるのである。キリスト以前の世は、まさにノアの大洪水のようであったが、キリストと共に、不毛な世が命の世に変わり、命ある豊かな場所となることへの約束を示す。「鳩のように」という比喩の意味である。

イエスに聖霊が降ると、天から声が聞こえた。「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」という声だった。この天の声はイエスに「愛する子」と言っている。ギリシャ語には3つの「愛」という語があると言われる。一つ目は「エロース」(恋愛的愛)、二つ目は「フィレオー」(友愛)、三つ目が「アガペー」(無償の愛)。この三つ目が聖書の愛である。

天の声はイエスに「あなたは私のアガペーの子」と言う。つまり「あなたは私の無償の愛の子」だと。だが我々は神のアガペーの子を十字架に掛けた。それは赦されない罪である。この神のアガペーを無にした存在。それが我々人間である。だがこのことが、十字架の赦しの深さを、かえって強烈に浮き彫りにするのだ。