2021.3.28 の週報掲載の説教

<2019年12月8日の説教から>

ルカによる福音書1章39節~56節

『マリアの讃歌』
牧師 三輪地塩

イエス誕生時のユダヤは、ローマ帝国の傀儡政権として統治されていた。当時のローマ皇帝はアウグストゥス。当時の権力者のトップが彼であった。彼は皇帝礼拝の基礎を作った人物であり、この皇帝礼拝は300年に亘って続けられた。彼の統治した時代は「パクス・ロマーナ」「ローマの平和」と呼ばれ、一代にして最も栄えた時代を築き上げた(歴史学的には)有能な皇帝である。彼の本当の名は、「オクタヴィアヌス」。ユリウス・シーザーの後継者だった。

この時代の詩人たちは、アウグストゥスを賞賛した。プロペルティウスという詩人は「アクティウムの戦い」に勝利したことを記念し、「世の救い主なる、アウグストゥスよ。海の上で勝利を得よ。大地は既に汝のものなり。わが弓は汝を支えん」と詠った。又、トルコ沿岸の町のある碑文には「万物の永遠性が、最善にして驚くべき善意であるカエサル・アウグストゥスを、この幸いなる時に人類に与え給うた。彼の国なる神聖ローマの父、いにしえのゼウス、~~大地と海に平和がもたらされ、町々は秩序と調和と富によって潤った」と、当時の人々はアウグストゥスに最大級の賛辞を送っていたのだった。当時の皇帝アウグストゥスは、「世の救い主」であり、「最善にして驚くべき善意である」、と言われていた。「この人こそ世界に平和をもたらす主にして神である。救い主にしてメシアである」。このような言い方がなされていた。

ルカ福音書が、この「救い主」という語を多用している。福音書でもルカにしか使われていないのが「救い主」「ソーテール」という称号である。「私の霊は救い主である神を喜びたたえます」(1:47)。「今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった」(2:11)。というように、ルカは「救い主」と「イエス・キリスト」を明確に結びつける。そこには、権力の象徴・世界の統治者である「ソーテール」が皇帝ではなく「キリスト」であると言い、国家権力批判をしているとも言える。51節以下にこうある。「主はその腕を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」。この強い表現の中にこそ、強烈な体制批判と、イエスのメシア性が表わされている。