2022.12.11 主日礼拝の案内

2022.12.11 主日礼拝の案内
週 報77巻50号 2022.12.11
目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、

重い皮膚病を患っている人は清くなり、

耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、

貧しい人は福音を告げ知らされている。

(マタイによる福音書11章5節)

主 日 礼 拝   午前 10:30
< アドベントⅢ> 
奏楽 板 垣 玲 子

 
<神の招き>
招 詞   ローマの信徒への手紙12章1節

こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。
 
*讃 詠   546

*罪の告白と赦し 交読詩編32編1節~5節

*讃美歌   70(1-2)

 
<神の言葉>
聖 書
イザヤ書40章1節~10節  (旧約P.1123)
慰めよ、わたしの民を慰めよとあなたたちの神は言われる。
エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ
苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と。
呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、
荒れ地に広い道を通せ。
谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。
主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る。
主の口がこう宣言される。
呼びかけよ、と声は言う。
わたしは言う、何と呼びかけたらよいのか、と。
肉なる者は皆、草に等しい。
永らえても、すべては野の花のようなもの。
草は枯れ、花はしぼむ。
主の風が吹きつけたのだ。
この民は草に等しい。
草は枯れ、花はしぼむが
わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。
高い山に登れ
良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな
ユダの町々に告げよ。
見よ、あなたたちの神
10  見よ、主なる神。
彼は力を帯びて来られ
御腕をもって統治される。
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
主の働きの実りは御前を進む。
 
マタイによる福音書11章2節~10節(新約P.19)
ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。
そこで、自分の弟子たちを送って、 
尋ねさせた。
「来るべき方は、あなたでしょうか。
それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」
 
イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。 
目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。 
わたしにつまずかない人は幸いである。」 
ヨハネの弟子たちが帰ると、イエスは群衆にヨハネについて話し始められた。「あなたがたは、何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。
 では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。しなやかな服を着た人なら王宮にいる。 
では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ。言っておく。預言者以上の者である。
10 『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
あなたの前に道を準備させよう』
と書いてあるのは、この人のことだ。
 
 
祈 り                  伊木 美穂子
 
*讃美歌  96(1-2)                                                                                             説  教  「救い主の到来と喜び」   鈴木 美津子
 
<神への応答>
 
*讃美歌  94(1-2)

*使徒信条
わたしたちが主とあがめる神のひとり子イエス・キリストは、

真の神であり真の人です。主は、神の永遠の計画にしたがい、

人となって、人類の罪のため十字架にかかり、完全な犠牲をささげて、

あがないをなしとげ、復活して永遠のいのちの保証を与え、

救いの完成される日までわたしたちのためにとりなしてくださいます。

神に選ばれてこの救いの御業を信じる人はみな、

キリストにあって義と認められ功績なしに罪をゆるされ、

神の子とされます。

また、父と子とともにあがめられ礼拝される聖霊は、

信じる人を聖化し、御心を行わせてくださいます。

この三位一体なる神の恵みによらなければ、

人は罪のうちに死んでいて、神の国に入ることはできません。

旧・新約聖書は神の言であり、そのなかで語っておられる聖霊は、

主イエス・キリストを顕かに示し、信仰と生活との誤りのない審判者です。

教会はキリストのからだ、神に召された世々の聖徒の交わりであって、

主の委託により正しく御言を宣べ伝え、聖礼典を行い、信徒を訓練し、

終わりの日に備えつつ、主が来られるのを待ち望みます。

古代の教会は、聖書によって次のように信仰を告白しました。

わたしたちもまた使徒的信仰の伝統にしたがい、

讃美と感謝とをもってこれを共に告白します。

わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。

わたしは、そのひとり子わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。

主は聖霊によってやどり、処女(おとめ)マリアから生まれ、

ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、

死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死者のうちから復活し、

天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。

そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審(さば)かれます。

わたしは、聖霊を信じます。

聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだの復活、

永遠のいのちを信じます。

アーメン
 
公 告

*献金感謝

*主の祈り(座席前そなえつけ)
天にまします我らの父よ、
 
願わくは御名をあがめさせたまえ
 
御国を来たらせたまえ。
 
御心の天に成る如く、地にもなさせたまえ。
 
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
 
我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。
 
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
 
国と力と栄えとは、限りなく、汝のものなればなり。
 
アーメン
 
*頌 栄  541

*派遣と祝福

*後 奏

 
☆讃美歌の歌う節は( )内に示した節です。

 
礼拝当番

(今週)菊地 晴子

(次週)薄田 東正

 
献金当番

(今週)済陽 高志  白川 典子

(次週)安井 国雄  浜野 陽子

 
ライブ配信当番

(今週)新畑 信

(次週)小出 勝

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今こそ私たちの祈りを結集させ、

主により頼みつつこの難局を乗り切りましょう。

主の守りと支えとが、これまで同様、今も、永遠に *******************************************************

2022.12.11~2022.12.17の集会案内

2022.12.11~2022.12.17の集会案内
      集 会
 
〇日曜学校          9:00

〇朝カフェ          休  会

〇入門の会          休  会

〇クワイア練習        中  止

〇礼拝堂・1階の清掃(有志)   礼 拝 後

〇トーンチャイム練習     礼 拝 後

〇洗礼準備会         礼 拝 後

今 週 の 集 会
 
◎祈祷題「対面にもライブ礼拝にも出席できない会員のため」
〇聖書の学びと祈りの会   12月15日(木) 10:00

ヨブ記29章(担当 鈴木 美津子)     司会 森 﨑 千 恵

 
次 週 礼 拝
< アドベントⅣ >
説教 「神にできないことはない」     鈴木 美津子
イザヤ書7章10節~14節

ルカによる福音書1章26節~28節

 
讃美歌               加  藤  純 子

545A、86(1-2)、 97(1-2)、95(1-2)、542

 
日曜学校説教「イエスの誕生」  伊木 美穂子
ルカによる福音書2章1節~7節

2022.12.11 週報 教会からのお知らせ

2022.12.11 週報 教会からのお知らせ
◇クリスマスイブ礼拝とクリスマス礼拝の両日「あしなが育英基金」

への募金を致しますので、どうぞご協力宜しくお願いします。

 
【クリスマス集会のお知らせ】
① 12月24日(土)14:00~15:30 こどもクリスマス

どうぞおとなの方もご参加ください。

② 12月24日(土)16:00~17:00 イブ礼拝

③ 12月25日(日)クリスマス礼拝並びに新入会員歓迎会

昨年受洗の平野義行さん  転入会の田中愛さん、羚さん

12月25日クリスマスに受洗予定の勝 理恵さん

 
*12月から2階の礼拝用ヨハネスオルガンの献金をしていただく
ことになりました。受付にブルーの封筒がありますので、宜しく
お願いします。
*リードオルガンの献金もこれまで通り宜しくお願いします。

2022.12.11 の週報掲載の説教

2022.12.11 の週報掲載の説教
<2022年10月23日説教要約>

『恵みの賜物』
ローマの信徒への手紙5章12節~15節      牧 師 鈴木美津子
「恵みの賜物」とは、主イエスにあって神の御前に正しい者とされ命を得る者のことである。恵みの賜物とは義の転嫁のことだからである。主イエスの「義」が私たちに与えられているので、私たちは神の御前で義しい者と見做されるのである。それゆえに神は、主イエスを信じる者を正しいと認め、命を与えてくださる。

しかし、アダムの違反は賜物のようなものではない。アダムは罪と死をもたらしたが、主イエスの正しい行為によってもたらされた恵みの賜物は、それとは比較にならないからである。アダムは「恵み」がどんなに「罪」よりも豊かで素晴らしいものなのかを強調しているのである。それほどに、神の恵みと一人の人イエス・キリストの恵みの賜物は多くの人に豊かに注がれるのである。

ユダヤ人もギリシア人も、日本人も世界中のすべての人がアダムの子孫であり、契約の代表者であるアダムの罪責と腐敗を持って生まれてくる。そのような私たちを義とし、聖なる者とするために、神は、新しい契約の代表者として、御子イエス・キリストを遣わされた。このイエス・キリストこそ、私たちを救うために終わりの時代に表れてくださった人間(アダム)である。これが初めの人アダムが来るべき方を前もって表す者であったと言われる所以である。

神は、私たちに、このイエス・キリストを信じる信仰を与え、私たちのすべての罪を赦し、私たちを聖なる者とするために御言葉と聖霊によって造りかえてくださるのである。そうであるから、私たちはもはや死の支配のもとにはいない。イエス・キリストを信じている私たちの死は、もはや罪の刑罰としての死ではない。なぜなら、私たちの主イエス・キリストが十字架上で死に、三日目にその死から復活され、死に勝利されたゆえである。もはやキリスト者にとって、死は罪の刑罰ではなく、罪からの完全な解放という全く違った意味を持つようになったのである。私たちは死を通して、神との完全な交わり、永遠の命にあずかる者となり、主イエスを信じる私たちのうえには、神の恵みの賜物が豊かに注がれるのである。