2023.10.1 主日礼拝の案内

2023.10.1 主日礼拝の案内
週 報79巻40号 2023.10.1
わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。(ローマの信徒への手紙14章8節)

主 日 礼 拝     午前 10:30
< 聖 餐 式 >                                                                                                                                
奏楽  田 中  愛
 
<神の招き>
 
招 詞   ヨハネによる福音書13章34節
 
34   あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
 
*讃 詠   545A
父の御神に、み子に、きよき御霊に、
むかしながらの御栄えあれや、
ときわに、アーメン、アーメン
*罪の告白と赦し 交読詩編 143編1節~6節
1 【賛歌。ダビデの詩。】
主よ、わたしの祈りをお聞きください。
嘆き祈る声に耳を傾けてください。
あなたのまこと、恵みの御業によって
わたしに答えてください。
あなたの僕を裁きにかけないでください。
御前に正しいと認められる者は
命あるものの中にはいません。
敵はわたしの魂に追い迫り
わたしの命を地に踏みにじり
とこしえの死者と共に
闇に閉ざされた国に住まわせようとします。
わたしの霊はなえ果て
心は胸の中で挫けます。
わたしはいにしえの日々を思い起こし
あなたのなさったことをひとつひとつ思い返し
御手の業を思いめぐらします。
あなたに向かって両手を広げ
渇いた大地のようなわたしの魂を
あなたに向けます。
 
*讃美歌    11(1-4)
1 あめつちにまさる かみのみなを
ほむるにたるべき こころもがな。
2 おごらず、てらわず へりくだりて、
わが主のみくらと ならせたまえ。
3 生くるも死ぬるも ただ主をおもう
ゆるがぬこころを あたえたまえ。
4 こころきよめて 愛をみたし、
わが主のみすがた ならせたまえ。
アーメン
 
<神の言葉>
聖 書  申命記32章36節~42節    (旧約P.334)
36 主は御自分の民の裁きを行い
僕らを力づけられる。
主が見られるからである
彼らの力がうせ去り
未成年者も成人した者もいなくなったのを。
37 主は言われる。「どこにいるのか、彼らの神々は。
どこにあるのか、彼らが身を寄せる岩は。
38 彼らはいけにえの脂肪を食らい
注がれた酒を飲んだではないか。
さあ、その神々に助けてもらえ
お前たちの避け所となってもらえ。
39 しかし見よ、わたしこそ、わたしこそそれである。
わたしのほかに神はない。
わたしは殺し、また生かす。
わたしは傷つけ、またいやす。
わが手を逃れうる者は、一人もない。
40 わたしは手を天に上げて誓う。
『わたしの永遠の命にかけて
41 きらめく剣を研ぎ、手に裁きを握るとき
わたしは苦しめる者に報復し
わたしを憎む者に報いる。
42 わたしの矢を血に酔わせ
わたしの剣に肉を食らわせる。殺された者と捕らえられた者の血を飲ませ
髪を伸ばした敵の首領の肉を食らわせる。』」
 
ローマの信徒への手紙14章7節~9節(新約P.294)
7 わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。 
8 わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。 
9 キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。
 
祈 り                 
 
*讃美歌  326(1-4)                                         
1 ひかりにあゆめよ、さらばふかき
みたまのまじわり たえずぞあらん。
2 ひかりにあゆめよ、さらばまたと
この世のけがれに そまずぞあらん。
3 ひかりにあゆめよ、さらばくらき
谷間をゆくとも、やすくぞあらん。
4 ひかりにあゆめよ、さらば墓も
くちざるさかえの かどとぞならん。
アーメン                                                                                                                  
 
説  教   「生きるにしても、死ぬにしても私たちは主のものです」
                    鈴木 美津子
 
<神への応答>
 
*讃美歌   339(1-3)
1 君なるイエスよ、けがれしわれを
洗いきよめて めぎみを賜え。
わが日わが時 わがもの皆は
今よりとわに 君のものなり。
2 わが手は君の み業をならい、
われの歩みは み跡をふみて、
いそしみ進み、主のみちからに
常にたよりて 強からしめよ。
3 われらの舌をば すくいの主の
恵みをうたう 器となして、
わがくちぶるに よき音ずれを
あふるるばかり みたしたまえ。
アーメン
 
*日本キリスト教会 信仰の告白
わたしたちが主とあがめる神のひとり子イエス・キリストは、真の神であり真の人です。

主は、神の永遠の計画にしたがい、人となって、人類の罪のため十字架にかかり、完全な犠牲をささげて、あがないをなしとげ、復活して永遠のいのちの保証を与え、救いの完成される日までわたしたちのためにとりなしてくださいます。

神に選ばれてこの救いの御業を信じる人はみな、キリストにあって義と認められ功績なしに罪をゆるされ、神の子とされます。

また、父と子とともにあがめられ礼拝される聖霊は、信じる人を聖化し、御心を行わせてくださいます。

この三位一体なる神の恵みによらなければ、人は罪のうちに死んでいて、神の国に入ることはできません。

旧・新約聖書は神の言であり、そのなかで語っておられる聖霊は、主イエス・キリストを顕かに示し、信仰と生活との誤りのない審判者です。

教会はキリストのからだ、神に召された世々の聖徒の交わりであって、主の委託により正しく御言を宣べ伝え、聖礼典を行い、信徒を訓練し、終わりの日に備えつつ、主が来られるのを待ち望みます。

古代の教会は、聖書によって次のように信仰を告白しました。わたしたちもまた使徒的信仰の伝統にしたがい、讃美と感謝とをもってこれを共に告白します。

わたしは、天地の造り主、全能の父なる神を信じます。わたしは、そのひとり子わたしたちの主、イエス・キリストを信じます。

主は聖霊によってやどり、処女(おとめ)マリアから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみにくだり、三日目に死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父なる神の右に座しておられます。そこから来て、生きている者と死んでいる者とを審(さば)かれます。

わたしは、聖霊を信じます。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだの復活、永遠のいのちを信じます。

 
聖餐式  (Ⅱ)179
公 告  
 
*献金感謝 
 
*主の祈り(座席前そなえつけ) 
天にまします我らの父よ、
 
願わくは御名をあがめさせたまえ
 
御国を来たらせたまえ。
 
御心の天に成る如く、地にもなさせたまえ。
 
我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。
 
我らに罪を犯す者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ。
 
我らを試みに遭わせず、悪より救い出したまえ。
 
国と力と栄えとは、限りなく、汝のものなればなり。
 
アーメン
*頌 栄   544
あまつみたみも ちにあるものも
ちちこみたまの かみをたたえよ
かみをたたえよ
アーメン
*派遣と祝福
 
*後 奏  
 
聖餐補佐
森﨑 松谷 三浦 増田

 
 
礼拝当番
(今週)薄田 東正

(次週)森﨑 千恵

 
献金当番
(今週)安井 国雄   勝 理恵

(次週)菊地 晴子   星野 勇

 
ライブ配信当番
(今週)小出 勝

(次週)新畑 信

 

2023.10.1~2023.10.7 の集会案内

2023.10.1~2023.10.7 の集会案内
 
      集 会
 
〇日曜学校            9:00

〇朝カフェ            休  会

〇クワイア 練習          中  止

〇第10回拡大小会         12:00

〇第10回小会            同 上 後

 
今 週 の 集 会
 
◎祈祷題「『慰安婦』問題オンライン学習会のため

「近隣諸国と良い関係が築けるように」

 
〇『慰安婦』問題オンライン学習会  10月3日(火)10:00

 
〇聖書の学びと祈りの会       10月5日(木)10:00

エゼキエル書10章(担当 鈴木 美津子)   司会 野 田 昭 子

【牧師予定】

*「慰安婦問題」初心者向け勉強会10:00〜11:30 Web参加

 
次 週 礼 拝
説教「聖霊によって、義と平和と喜びに生きる」鈴木 美津子
 
詩編145編10節~21節

 
ローマの信徒への手紙14章10節~17節

 
讃美歌     三 輪 志 都
(21)  28、51(1—3)、419(1—5)、392(1, 2, 4)、24

日曜学校説教「二人の娘のいやし」           鈴木 美津子
 
マタイによる福音書9章18節~26節

2023.10.1 週報教会のお知らせ

2023.10.1 週報教会のお知らせ
◇10月29日(日) 10時30分~ オープンチャーチ合同礼拝

説教「夕暮れになっても光がある」五十嵐喜和(東京中会引退教師)

午後は昼食、ミニバザーをします。14時までに片付けを終了。

ミニバザーに出店ご希望の方を募集しております。

なお、古着の販売はいたしません。

受付にチラシ、ハガキがありますので、どうぞお用いください。

 
【中会長老・執事・委員研修会ご案内】

11月23日(木・休) 10:30~15:00 横浜海岸教会

主題「今日における長老・執事・委員のつとめ」

基調講演 冨永憲司(柏木教会牧師)

開催方法:対面+オンライン  申込期日:10月23日

2023.10.1 の週報掲載の説教

2023.10.1 の週報掲載の説教
<2023年7月23日説教から>

『わたしたちのなすべき礼拝』

ローマの信徒への手紙12章1節~2節

牧 師 鈴木美津子

 
パウロがこの手紙を記した紀元60年頃のエルサレム神殿では、旧約聖書の掟に従って、動物犠牲がささげられていた。しかし、彼は、キリストを信じる者は、牛や羊をささげるのではなく、「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい(1b)」と勧める。なぜなら、「キリストが、御自分を信じる者たちのために十字架の上で血を流して死んでくださった。私たちの罪を償う供え物として、御自分を献げてくださった。だから、キリストを信じる者は、動物をいけにえとしてささげる必要はない。キリストを信じる者に命じられているのは、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げること」だからである。

キリスト者は、毎主日、この体をもって教会に集まり、共に礼拝をささげている。礼拝に出席することにより、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げている。しかし、「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい(1b)」とは、それだけでなく、キリスト者の生活の全領域に当てはめることができることである。キリスト者は主の日だけではなく、日々、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとしてささげることが求められているのだ、と言うことである。

それに続く「あなたがたのなすべき礼拝(1c)」という言葉は「あなたがたの理にかなった礼拝」とも訳すことができる。神のもろもろの憐れみを受けた者は、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げることが、道理にかなったことだということ、当然なされるべきことだという意味である。パウロは、1章から11章に渡り、神のもろもろの憐れみについて語ってきた。そのような憐れみ、恵みをキリスト者は神から与えられているのである。そうであれば、キリスト者が自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げることは理にかなったことであるのだ。神からもろもろの憐れみをいただいていながら、自分の体を罪に任せるような生活をしているならば、それは理にかなっていない。それは実におかしなことである。

キリストは、私たちの罪のために、御自分の体を神に喜ばれる聖なるいけにえとして、十字架のうえで献げてくださった。それは、御自分を信じる者が、神の憐れみに感謝して、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げるためである。だから、私たちは、日曜日だけでなく、私たちの全てを、神にささげる。これが私たちがなすべき、理にかなったことである。