2021.9.12 の週報掲載の説教
<2020年4月5日の説教から>
ルカによる福音書5章33節~39節
『新しい葡萄酒は、新しい革袋に』
牧師 三輪地塩
現在「宗教的断食」をすることは殆どない。体調維持のためのデトックス効果を期待して「断食道場」に通う人がいるぐらいである。或いは安保闘争や学生紛争でハンガーストライキをした若かりしの時分を懐かしむ人はいるかもしれない。
イエスの時代のファリサイ派たちは、宗教行為として断食をしていた。断食にも種類があり、モーセの律法に定められた「年に一度の7月10日の断食」、「エルサレム滅亡とバビロン捕囚を記念した断食(4、5、7、10月)。ファリサイ派が独自に行なう月曜と木曜の断食である。イエスの考えとは真逆なファリサイ派たちはこのような「厳格な律法遵守主義」を貫く者たちであった。
古来、「宗教」と「断食」は切っても切り離せない関係にあった。仏教、ヒンドゥー教、イスラム教など世界の宗教にも断食はある。だが断食は「行為それ自体」が崇高なものになってしまい、断食の「意味」を失った「形骸化された形式主義」に陥る危険も伴う。それはイエスが最も危惧し、嫌っていた態度でもあった。35節には「しかし花婿が奪い取られる時が来る。その時には彼らは、断食する事になる」とある。イエスは断食自体を否定しているわけでなく、形式的な信仰であってはならない、と言うのである。
断食は、本来苦しく厳しい行為である。だが、その行為が、厳しいものであるがゆえに「個人的な努力」「我慢強さ」に注目が集まりがちだ。そこから派生し、「断食している姿を人々に見せつける優越感」「信仰深さのアピール」にも繋がってしまう。
イザヤ書58章4節以下にこう書かれている。「断食しながらいさかいを起こし、神に反逆する。それが断食の姿であろうか。本当の断食とは、悪の束縛を断ち、軛をほどいて、虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。飢えた人に必要な食事を与え、さまよう貧しい人を招きいれ、裸の人には衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまない事である」。預言者イザヤ(第3イザヤ)を通して明確に語られている。我々は、真の信仰とは何であり、何をすることが神の御心であるのかが問われている。あなた自身の栄光ではなく「神の栄光」なのだ。
2021.9.5 の週報掲載の説教
2021.9.5 の週報掲載の説教
<2020年3月29日の説教から>
ルカによる福音書5章27節~32節
『罪人を招く』
牧師 三輪地塩
当時のユダヤ人を神経質にさせる強制的・屈辱的な支払いこそがローマ帝国への納税であった。レビは、税の取り立てを生業としている徴税人であった。税の徴収は、各家庭を歩き回って集めるのではなく、通行税の取り立てであると考えられている。「収税所に座っていた」とあるように、彼は通行人が来るのを座って待っており、そこで余計以上に上乗せした税を取り立てていたのだった。南にエジプト、北に小アジア、ギリシャ、ローマに続くのユダヤ地方は、地政学的に交通の要衝であったため、周辺諸地域の人たちが移動する場合は必ずこのふとどきな「税関」を通らなければならなかった。この嫌われ者の徴税人は、ユダヤ教でも同胞を裏切る「罪人」と定められていた。
このレビが、イエスの求めに応じて立ち上がり、イエスに従う者になった。彼は「何もかも捨てて」従ったのであるが、それは単に財産を放棄したということではなく、自分が歩んでいたそれまでの人生、或いは価値観を清算し、これまでの自分を一旦リセットした、という意味ではないだろうか。「物」「物質」は、使う人の哲学や、倫理、モラルが反映される。財産も同じである。財産が沢山あろうとなかろうと、それは人間の価値を決めるものではない。だが、それを「どのように使うのか」によって、人の生き方は変わってくる。この時のレビは、イエスが共にいなかった時と比べて雲泥の差を生んだと思われる。
なぜレビは、27節のイエスの一言ですぐに従うことができたのだろうか。彼の葛藤について福音書記者は述べていないため、憶測する以外にない。だが、このようなレビの姿は、我々の身近な社会でも起こり得る。例えば、不法薬物や振り込め詐欺、或いはイジメの加害者などが逮捕されたあと「いつか止めなければならなかったことは分かっていた」「いつも罪の意識に苛まれていた」と吐露することが多い。更に「今捕まって良かった」ということを述べる者もいる。このことは、人間は罪意識を持ちながらも、それを捨てる事が出来ない場合が多いという例証であろう。つまり、ここでイエスが語りかけた「私に従いなさい」という呼び掛けの言葉は、レビにとっては悔い改めを促す後押しでもあった。「いつか止めなければならなかった」罪に気付き、イエスと共に歩むことを選ぶ、信仰告白に導く招きであった。
<2020年3月29日の説教から>
ルカによる福音書5章27節~32節
『罪人を招く』
牧師 三輪地塩
当時のユダヤ人を神経質にさせる強制的・屈辱的な支払いこそがローマ帝国への納税であった。レビは、税の取り立てを生業としている徴税人であった。税の徴収は、各家庭を歩き回って集めるのではなく、通行税の取り立てであると考えられている。「収税所に座っていた」とあるように、彼は通行人が来るのを座って待っており、そこで余計以上に上乗せした税を取り立てていたのだった。南にエジプト、北に小アジア、ギリシャ、ローマに続くのユダヤ地方は、地政学的に交通の要衝であったため、周辺諸地域の人たちが移動する場合は必ずこのふとどきな「税関」を通らなければならなかった。この嫌われ者の徴税人は、ユダヤ教でも同胞を裏切る「罪人」と定められていた。
このレビが、イエスの求めに応じて立ち上がり、イエスに従う者になった。彼は「何もかも捨てて」従ったのであるが、それは単に財産を放棄したということではなく、自分が歩んでいたそれまでの人生、或いは価値観を清算し、これまでの自分を一旦リセットした、という意味ではないだろうか。「物」「物質」は、使う人の哲学や、倫理、モラルが反映される。財産も同じである。財産が沢山あろうとなかろうと、それは人間の価値を決めるものではない。だが、それを「どのように使うのか」によって、人の生き方は変わってくる。この時のレビは、イエスが共にいなかった時と比べて雲泥の差を生んだと思われる。
なぜレビは、27節のイエスの一言ですぐに従うことができたのだろうか。彼の葛藤について福音書記者は述べていないため、憶測する以外にない。だが、このようなレビの姿は、我々の身近な社会でも起こり得る。例えば、不法薬物や振り込め詐欺、或いはイジメの加害者などが逮捕されたあと「いつか止めなければならなかったことは分かっていた」「いつも罪の意識に苛まれていた」と吐露することが多い。更に「今捕まって良かった」ということを述べる者もいる。このことは、人間は罪意識を持ちながらも、それを捨てる事が出来ない場合が多いという例証であろう。つまり、ここでイエスが語りかけた「私に従いなさい」という呼び掛けの言葉は、レビにとっては悔い改めを促す後押しでもあった。「いつか止めなければならなかった」罪に気付き、イエスと共に歩むことを選ぶ、信仰告白に導く招きであった。
2021.8.29 の週報掲載の説教
2021.8.29 の週報掲載の説教
<2020年3月22日の説教から>
ルカによる福音書5章17節~26節
『あなたの罪は赦された』
牧師 三輪地塩
中風の人の癒しの話し。この男は脳内出血、脳血管障害などにより、半身不随、四肢の麻痺があったと考えられる。彼は歩く事ができず、不自由な生活を強いられていた。この男には、友人たちが沢山いたらしく、彼を心配して集まってきた。
古代ユダヤ社会では、病気は「罪」との関係で考えられていたため、この中風の患者は罪に対する罰が下っていると考えられていた。彼は肩身の狭い生活を強いられ、治ることのない半身不随と一生付き合っていかなければならないとい絶望と共に過ごしていた。
だが彼の友人たちは諦めることなく、中風の男を床に乗せて担ぎ、イエスのいるところまで連れて行ったのだった。「床に乗せて」と表現されているが、「床」は、貧しい者たちが使う「ゴザ」「敷物」のような、簡素で低価格な庶民の道具のことを示している。この中風の男性は、病気だけでなく、経済的にも苦しみ、貧しく質素な暮らしをしていたのではないかと考えられる。
彼らは、マルコ福音書2章によると「4人の男性」と書かれているが、ここでは人数は分からない。重要な事は、彼らの執念とも言えるやり方でイエスの下につり降ろしたことにある。いくら仲の良い友人であっても、屋根を剥がして上からイエスと対面させるとは、大胆すぎるにもほどがある。今では「器物損壊」と「不法侵入」で現行犯逮捕だ。家の主人にとっては迷惑千万のこの行為。しかしイエスはこれを高く評価した。
イエスは、「その人たちの信仰をみて、人よ、あなたの罪は赦された」と宣言する。このイエスの好意的な言葉は、突拍子もないことをしでかした男たちの行動を、「素晴らしい信仰」と認めた言葉であった。友人たちのこの行動の素晴らしさは、中風患者が治りたいか否かによって行動しているのではなく、この患者にとって最も必要なことを自己判断で行っていることにある。
<2020年3月22日の説教から>
ルカによる福音書5章17節~26節
『あなたの罪は赦された』
牧師 三輪地塩
中風の人の癒しの話し。この男は脳内出血、脳血管障害などにより、半身不随、四肢の麻痺があったと考えられる。彼は歩く事ができず、不自由な生活を強いられていた。この男には、友人たちが沢山いたらしく、彼を心配して集まってきた。
古代ユダヤ社会では、病気は「罪」との関係で考えられていたため、この中風の患者は罪に対する罰が下っていると考えられていた。彼は肩身の狭い生活を強いられ、治ることのない半身不随と一生付き合っていかなければならないとい絶望と共に過ごしていた。
だが彼の友人たちは諦めることなく、中風の男を床に乗せて担ぎ、イエスのいるところまで連れて行ったのだった。「床に乗せて」と表現されているが、「床」は、貧しい者たちが使う「ゴザ」「敷物」のような、簡素で低価格な庶民の道具のことを示している。この中風の男性は、病気だけでなく、経済的にも苦しみ、貧しく質素な暮らしをしていたのではないかと考えられる。
彼らは、マルコ福音書2章によると「4人の男性」と書かれているが、ここでは人数は分からない。重要な事は、彼らの執念とも言えるやり方でイエスの下につり降ろしたことにある。いくら仲の良い友人であっても、屋根を剥がして上からイエスと対面させるとは、大胆すぎるにもほどがある。今では「器物損壊」と「不法侵入」で現行犯逮捕だ。家の主人にとっては迷惑千万のこの行為。しかしイエスはこれを高く評価した。
イエスは、「その人たちの信仰をみて、人よ、あなたの罪は赦された」と宣言する。このイエスの好意的な言葉は、突拍子もないことをしでかした男たちの行動を、「素晴らしい信仰」と認めた言葉であった。友人たちのこの行動の素晴らしさは、中風患者が治りたいか否かによって行動しているのではなく、この患者にとって最も必要なことを自己判断で行っていることにある。
2021.8.22 の週報掲載の説教
2021.8.22 の週報掲載の説教
<2020年3月15日の説教から>
ルカによる福音書5章12節~16節
『主よ、御心ならば』
牧師 三輪地塩
レビ記14章には皮膚感染症についての細かなルールが載っている。治癒の判断は祭司が行なった。病が認定されると、完全にキレイになるまで社会から隔離されて生活しなければならなかった。隔離は「差別」を生ぜしめる。イエスの前に現れた彼は、重い皮膚病にかかっており、隔離状態であった。彼がイエスの前にいたのは、律法違反を犯してまでもイエスに近づきたかったからであろう。彼はイエスの噂を聞きつけ、この方なら病を癒し、状況を変えてくれるに違いない、という確信を得て律法違反を犯したのであった。一世一代の大博打である。
祭司たちが、病気の完治を判断するのには理由があった。病気は罪の結果とされてきたからである。病気は本人や先祖の罪が原因とされ、宗教的に置き換えられ理解されていた。だがイエスは、律法の縛りを超え、神の言葉の「祝福性」を読み取った。神の独り子イエス・キリストは、神の言葉(律法)を真の解釈によって、正しく読み直し、皮膚病の男に、「神の救い」を、語ったのであった。
「よろしい清くなれ」は、病気の概念を一変させる言葉である。祭司たちは、病人の体を見て、清いか清くないかを判断したが、イエスは、清くする方(神)の権威の下で、「なれ」と宣言する。祭司が「批評家」であるなら、イエスは「治癒の主体者」である。イエスに病気の批評と判断は必要ない。神としての権威の下で「治れ」と言えばそれが人を生かす言葉となる。
この男は、「イエスを見てひれ伏し、主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願った。これを聞いて、イエスは手を差し伸べ、その人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われた後、男はたちまち癒やされたのだった。
「主よ、御心ならば」という言葉には、どことなく「頼りなさ」を感じる。彼が受けた差別の数々は、彼自身を弱くされたのかもしれない。或いは、一向に治らず打ちひしがれた思い、不甲斐なさ、恐怖などが込められているのかもしれない。だが恐る恐るのこの言葉に対し、イエスは「よろしい、清くなれ」という。「よろしい」は彼の全てを受容し、肯定する言葉である。「清くなれ」は、イエスが全てを癒す主体者であることの宣言である。我々は、イエスの宣言の下で生きる、治癒を受ける客体となる。
<2020年3月15日の説教から>
ルカによる福音書5章12節~16節
『主よ、御心ならば』
牧師 三輪地塩
レビ記14章には皮膚感染症についての細かなルールが載っている。治癒の判断は祭司が行なった。病が認定されると、完全にキレイになるまで社会から隔離されて生活しなければならなかった。隔離は「差別」を生ぜしめる。イエスの前に現れた彼は、重い皮膚病にかかっており、隔離状態であった。彼がイエスの前にいたのは、律法違反を犯してまでもイエスに近づきたかったからであろう。彼はイエスの噂を聞きつけ、この方なら病を癒し、状況を変えてくれるに違いない、という確信を得て律法違反を犯したのであった。一世一代の大博打である。
祭司たちが、病気の完治を判断するのには理由があった。病気は罪の結果とされてきたからである。病気は本人や先祖の罪が原因とされ、宗教的に置き換えられ理解されていた。だがイエスは、律法の縛りを超え、神の言葉の「祝福性」を読み取った。神の独り子イエス・キリストは、神の言葉(律法)を真の解釈によって、正しく読み直し、皮膚病の男に、「神の救い」を、語ったのであった。
「よろしい清くなれ」は、病気の概念を一変させる言葉である。祭司たちは、病人の体を見て、清いか清くないかを判断したが、イエスは、清くする方(神)の権威の下で、「なれ」と宣言する。祭司が「批評家」であるなら、イエスは「治癒の主体者」である。イエスに病気の批評と判断は必要ない。神としての権威の下で「治れ」と言えばそれが人を生かす言葉となる。
この男は、「イエスを見てひれ伏し、主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願った。これを聞いて、イエスは手を差し伸べ、その人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われた後、男はたちまち癒やされたのだった。
「主よ、御心ならば」という言葉には、どことなく「頼りなさ」を感じる。彼が受けた差別の数々は、彼自身を弱くされたのかもしれない。或いは、一向に治らず打ちひしがれた思い、不甲斐なさ、恐怖などが込められているのかもしれない。だが恐る恐るのこの言葉に対し、イエスは「よろしい、清くなれ」という。「よろしい」は彼の全てを受容し、肯定する言葉である。「清くなれ」は、イエスが全てを癒す主体者であることの宣言である。我々は、イエスの宣言の下で生きる、治癒を受ける客体となる。
2021.8.8 の週報掲載の説教
2021.8.8 の週報掲載の説教
<2020年3月8日の説教から>
ルカによる福音書5章1節~11節
『しかし、お言葉ですから』
牧師 三輪地塩
シモン(ペトロ)は、兄弟アンデレと共にガリラヤ湖畔で漁師を営んでいた。彼らは漁のプロだった。だがその日、シモンたちは夜通し苦労しても、何も獲ることが出来なかった。プロの漁師が、夜通しかけて獲れなかったのだからもう諦めるしかない。これ以上あがいてもどうにもならない。彼らの経験値から出された結論は、「今日は帰ろう」だった。
彼らが岸に戻り漁の網を洗っていたとき、イエスの話を聞こうと集まった群衆が押し寄せてきた。イエスは舟が2艘あるのを御覧になり、シモンの舟に乗り、沖に少しこぎ出して欲しいと言われた。シモンは応じて舟をこぎ出した。群衆への話が終わると、イエスは突然シモンに向かって、「沖に漕ぎ出し、網を降ろして、漁をしなさい」と言われた。シモンの立場になって考えてみれば、イエスの言葉は迷惑だったかもしれない。漁師が素人の指図を受けるのはプロの沽券に関わる。もしかすると、イエスのこの指図にシモンは憤慨したかもしれない。シモンは即座に「先生、私たちは、夜通し苦労しましたが、何も獲れませんでした」と反論した。この言葉に漁師のプライドが垣間見える。「これ以上は素人に何を言われても湖の状況は変わりませんよ」という自負心。だがこれはシモンのみならず現代に生きる我々にも同じことが言えよう。自分が誰よりも知っていると自負することや、誰にも負けない経験を持つ人は、誰の話も聞かなくなることが往々にして起こりやすい。自分より知識や経験が豊富にあると認めたくないからだ。恐らくシモンも最初はそう感じたと思うのだが、ここはさすがイエスの一番弟子となった人物である。「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と言ってイエスの言葉に従ったのである。自分の経験と誇りに掛けて、意固地になるのではなく、柔軟に主イエスの言葉を聞き、具体的に実践しているのだ。
神を信じるとは、人の知識や経験を超えて神が働かれることを信じることにある。「しかし、お言葉ですから」という言葉は、言い換えると「人間を相対化する」ことだ。絶対化され易い「自分」という存在を、神の光の下で「相対化」する。そのとき自分の傲慢さや自信過剰、過度のプライドが、神の下で小さく惨めなものとなる。「しかし、お言葉ですから」という言葉は、私を超えるあなたを信じます、という信仰告白となる。
<2020年3月8日の説教から>
ルカによる福音書5章1節~11節
『しかし、お言葉ですから』
牧師 三輪地塩
シモン(ペトロ)は、兄弟アンデレと共にガリラヤ湖畔で漁師を営んでいた。彼らは漁のプロだった。だがその日、シモンたちは夜通し苦労しても、何も獲ることが出来なかった。プロの漁師が、夜通しかけて獲れなかったのだからもう諦めるしかない。これ以上あがいてもどうにもならない。彼らの経験値から出された結論は、「今日は帰ろう」だった。
彼らが岸に戻り漁の網を洗っていたとき、イエスの話を聞こうと集まった群衆が押し寄せてきた。イエスは舟が2艘あるのを御覧になり、シモンの舟に乗り、沖に少しこぎ出して欲しいと言われた。シモンは応じて舟をこぎ出した。群衆への話が終わると、イエスは突然シモンに向かって、「沖に漕ぎ出し、網を降ろして、漁をしなさい」と言われた。シモンの立場になって考えてみれば、イエスの言葉は迷惑だったかもしれない。漁師が素人の指図を受けるのはプロの沽券に関わる。もしかすると、イエスのこの指図にシモンは憤慨したかもしれない。シモンは即座に「先生、私たちは、夜通し苦労しましたが、何も獲れませんでした」と反論した。この言葉に漁師のプライドが垣間見える。「これ以上は素人に何を言われても湖の状況は変わりませんよ」という自負心。だがこれはシモンのみならず現代に生きる我々にも同じことが言えよう。自分が誰よりも知っていると自負することや、誰にも負けない経験を持つ人は、誰の話も聞かなくなることが往々にして起こりやすい。自分より知識や経験が豊富にあると認めたくないからだ。恐らくシモンも最初はそう感じたと思うのだが、ここはさすがイエスの一番弟子となった人物である。「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と言ってイエスの言葉に従ったのである。自分の経験と誇りに掛けて、意固地になるのではなく、柔軟に主イエスの言葉を聞き、具体的に実践しているのだ。
神を信じるとは、人の知識や経験を超えて神が働かれることを信じることにある。「しかし、お言葉ですから」という言葉は、言い換えると「人間を相対化する」ことだ。絶対化され易い「自分」という存在を、神の光の下で「相対化」する。そのとき自分の傲慢さや自信過剰、過度のプライドが、神の下で小さく惨めなものとなる。「しかし、お言葉ですから」という言葉は、私を超えるあなたを信じます、という信仰告白となる。
2021.8.1 の週報掲載の説教
2021.8.1 の週報掲載の説教
<2020年3月1日の説教から>
ルカによる福音書4章38節~44節
『人々はイエスに頼んだ』
牧師 三輪地塩
イエスの一番弟子、シモンのしゅうとめが高熱にうなされていた。イエスは「熱を叱りつけ」て、しゅうとめの高熱を癒した。熱は去り、彼女はすぐに起き上がった。イエスの言葉と同時に回復が与えられたのだ。この奇跡を行なった日が重要である。40節には「日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。」とある。癒やしを行なって欲しいのであれば、日が暮れる前からやって来て、なるべく早くから、イエスの癒やしに預かった方が、効率良く癒やしの業に預かることが出来たはずなのに、と思うかもしれない。だが、日が暮れる前でなければならなかった。なぜなら、この日が安息日であるから。ユダヤ社会は、日没と同時に次の日が始まる。だから民衆は、イエスのところに行きたかったけれども、安息日が終わる日没までは動くことが出来ず、日が暮れてからようやくイエスの元を尋ねることができたのだ。
当時は、宗教権威の律法学者・祭司たちの考える安息日規定に違反することは言語道断であった。例えどんなに重い病気であっても、高熱にうなされていても、安息日は外出が許可されていなかったし、医者も仕事をしてはならなかった。
だがイエスは、安息日規定を、宗教権威者たちのためにではなく、神の造り給う人々を救うために大きく解釈し、人々にとって最も必要なことを与えようとする。悪霊に取り憑かれていた男を安息日に癒し、高熱にうなされていたシモンのしゅうとめも安息日に癒したのであった。
イエスは、「神は生かす神なのか、殺す神なのか」という、問いを我々に与えた(ルカ福音書の6章9節になって、イエスの口から出てくる)。それは「あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか」。このような、問いかけをし、当時の、人を大切にしない安息日規定のあり方に、否を唱えたのだった。イエスの行いは、形式を守ることではなく、真の信仰と愛の実践である。現代の我々においても、信仰が形式的であってはならない。形を守ることからは、何らのキリスト的な香りは放たれないからだ。
<2020年3月1日の説教から>
ルカによる福音書4章38節~44節
『人々はイエスに頼んだ』
牧師 三輪地塩
イエスの一番弟子、シモンのしゅうとめが高熱にうなされていた。イエスは「熱を叱りつけ」て、しゅうとめの高熱を癒した。熱は去り、彼女はすぐに起き上がった。イエスの言葉と同時に回復が与えられたのだ。この奇跡を行なった日が重要である。40節には「日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た。イエスはその一人一人に手を置いていやされた。」とある。癒やしを行なって欲しいのであれば、日が暮れる前からやって来て、なるべく早くから、イエスの癒やしに預かった方が、効率良く癒やしの業に預かることが出来たはずなのに、と思うかもしれない。だが、日が暮れる前でなければならなかった。なぜなら、この日が安息日であるから。ユダヤ社会は、日没と同時に次の日が始まる。だから民衆は、イエスのところに行きたかったけれども、安息日が終わる日没までは動くことが出来ず、日が暮れてからようやくイエスの元を尋ねることができたのだ。
当時は、宗教権威の律法学者・祭司たちの考える安息日規定に違反することは言語道断であった。例えどんなに重い病気であっても、高熱にうなされていても、安息日は外出が許可されていなかったし、医者も仕事をしてはならなかった。
だがイエスは、安息日規定を、宗教権威者たちのためにではなく、神の造り給う人々を救うために大きく解釈し、人々にとって最も必要なことを与えようとする。悪霊に取り憑かれていた男を安息日に癒し、高熱にうなされていたシモンのしゅうとめも安息日に癒したのであった。
イエスは、「神は生かす神なのか、殺す神なのか」という、問いを我々に与えた(ルカ福音書の6章9節になって、イエスの口から出てくる)。それは「あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか」。このような、問いかけをし、当時の、人を大切にしない安息日規定のあり方に、否を唱えたのだった。イエスの行いは、形式を守ることではなく、真の信仰と愛の実践である。現代の我々においても、信仰が形式的であってはならない。形を守ることからは、何らのキリスト的な香りは放たれないからだ。
